ASBJ 企業会計基準委員会

第17回会議

国際会計基準審議会(IASB)の第17回基準諮問会議(SAC)が、2006年11月9日と10日の両日にわたり、ロンドンで開催された。日本からは、SACメンバーである八木良樹株式会社日立製作所取締役会議長・監査委員長、辻山栄子早稲田大学商学部教授、オブザーバーとして金融庁より丸山純一審議官が出席し、金融庁より原寛之課長補佐、企業会計基準委員会(ASBJ)より堀本敏博専門研究員が同席した。以下、会議の概要を報告する。

Ⅰ.評議員からのコメント

SAC会議の開催に当たり、評議員から以下のコメントがあった。

  • IASBは2001年に設立以来、会計基準のコンバージェンスに大きな進展があり、現在100か国以上が採用している国際会計基準(IFRSs)は、数年以内には150か国程度が採用すると予想する。
  • 一方、米国の会計基準とのコンバージェンスは、米国証券取引委員会(SEC)が「ロードマップ」(*1)に基づき現実的な対応を目指すとともに、IASB及び米国財務会計基準審議会(FASB)の両審議会から会計基準のコンバージェンスへのコミットメントも行われている。
  • 2007年半ばにIASBのボードメンバーとして、中国証券監督管理委員会の主任会計士であるDr. Zhang Wei-Guoを迎えることになった。
  • 評議員による監視機能の効果を評価し、IASBを指導するためのフレームワークを新たに構築することに合意した。監視の実効性を高めることは、評議員の役割として、非常に重要である。この目的を達成するために、評議員が個々に又は全体として、IASBの組織の監視にじっくりと取り組むことも、また非常に重要である。
  • 効率的な監視を遂行するために、評議員はIASBのみではなく、国際財務報告解釈指針委員会(IFRIC)やSACとの連携を強化するとともに、評価基準が適しているか、協議が十分行われているか、外部の考え方が適切に考慮されているかについてIASB、IFRIC、SACからの情報を必要とするので、SACメンバーの方々にもご協力をお願いしたい。

Ⅱ.国際会計基準委員会(IASC)財団の取組みについて

IASC財団シニア・マネジャーから、同財団が取り組んでいる出版活動、翻訳活動について説明が行われた。

出版活動

  • IASC財団の出版活動は、政府や会計基準設定主体がIFRSsを容易に入手できるように、諸外国におけるIFRSsの採用及び普及を支えてきた。
  • 同財団は、すべてのライセンス活動や出版物の販売において、各国の経済規模(GDP等)を基準に割引率を決めるなど、整合的で透明な条件を維持してきた。
  • 出版活動による収入は、会計基準設定にかかる総費用の2割を補っている。

翻訳活動

  • IASC財団の翻訳活動は、IFRSsの国際的な利用促進のために、一言語につき1つの高品質な翻訳の実施、及び維持に取り組んでいる。
  • 翻訳に当たっては、専門家の精査を含め、各言語において整合的なプロセスを採用し、現在40以上の言語に翻訳されている。
  • プロセスの中核は、IFRSsのグローバルな一貫性や整合性を確保するために、著作権を保護することである。

SACメンバーからのコメント

  • 翻訳された文章が英語の意図した意味と異なる場合がある。このような相違は、IFRSsの適用において、論争がおこり会計基準のコンバージェンス(収斂)ではなくダイバージェンス(発散)が起こる可能性があることを懸念する。(イスラエル会計士)
  • 言語によっては、1つの単語に複数の意味を持つ場合があるので、混乱を防ぐためにも、意味がわかりにくい単語について翻訳のための辞書を作成してはどうか。また、翻訳プロセスの欠点は、言語によっては翻訳が行われるのに1年以上かかることがあり、最新の会計基準を英語以外で入手できないことである。(カメルーン会計士)
  • 翻訳された文章はIFRSsとして認められるが、相違点がある場合は英語の文章が優先されることを明確にすべきである。(国際通貨基金代表)

IASC財団からの回答

  • 翻訳は、専門家によるレビュー委員会を設定し、承認を得ることにより、翻訳された文章が翻訳された言語で十分理解できるよう保証されている。また、翻訳に時間がかかっていることは認めるが、翻訳の品質を最優先することから、これらの時間が必要である。翻訳のための辞書の作成については、提案を検討したい。

Ⅲ.財務報告の戦略的方向性(CFAペーパーの検討)

CFA センター(*2)が2005年10月に公表した「包括事業報告モデル:投資家のための財務報告」(CFAペーパー)において提案している内容のうち、前回から改訂された原則1、及び原則2、並びに前回6月のSAC会議で議論が実施されなかった項目について、CFAセンターから説明が行われた。その後SACメンバーであるJochen Pape氏(独会計士)が、前回の会議で議論未実施の箇所について、自分の意見、SACメンバーに対する質問をアジェンダ・ペーパーに取りまとめた内容を基に、SACメンバーの意見交換が行われた。

包括事業報告モデルの原則(改訂版)-CFAペーパーにおける原則

原則1: 財務報告の目的は、投資及び他の資源配分の決定に当たって、ある企業に対する現在及び潜在的な請求者(claimer:株式投資者、債権者等を含む)に必要な情報を提供すること。[改訂後]
原則2: 企業の取引とそれに影響する事象(events)は、最終的な残余請求者-典型的には現在の株主-の観点から報告されなければならない。[改訂後]
原則3: 認識と開示は、投資家の意思決定に対する情報の目的適合性によって決定されなければならず、測定の信頼性だけに基づいてはならない。
原則4: すべての経済的取引及び事象は、発生時に財務諸表において完全かつ適切に認識されなければならない。
原則5: 投資家の富(wealth)の評価が重要性の水準を決定しなければならない。(*)
原則6: 財務報告は中立でなければならない。(*)
原則7: 純資産のすべての変動は、単一の財務諸表である、普通株主に利用可能な純資産の変動計算書において計上されなければならない。
原則8: 普通株主に利用可能な純資産の変動計算書は、資産及び負債の公正価値におけるすべての変動を適宜に含めなければならない。
原則9:

キャッシュ・フロー計算書は、企業の分析に不可欠な情報を提供し、直接法のみを用いて作成されなければならない。

原則10: 各財務諸表に影響を及ぼす変動は、分解(disaggregated)ベースで報告、かつ説明されなければならない。(*)
原則11: 個別の項目は、それが用いられている機能ではなく、項目の性質に基づいて報告されなければならない。
原則12: 開示は、投資家が財務諸表で認識されている項目、測定の特質、リスク・エクスポージャーを理解するために必要なすべての追加的情報を提供しなければならない。(*)

(*) 前回6月のSAC会議で議論が行われなかった原則

CFAセンターからの説明

  • 今回改訂した「包括事業報告モデル:投資家のための財務報告」については、2006年12月に公表予定である。
  • 原則1は、財務報告の主要目的を明確にするために、「財務報告の目的は、投資及び他の資源配分の決定に当たって、ある企業に対する現在及び潜在的な請求者(株式投資者、債権者等を含む)に必要な情報を提供すること」に改定した。この改訂は、請求者の情報ニーズに応えることとなり、請求者は財務情報を有効利用できるようになるであろう。
  • 原則2は「企業の取引とそれに影響する事象は、最終的な残余請求者-典型的には現在の株主-の観点から報告されなければならない」と改訂したが、この原則は、提供されるべき連結財務報告のレベルについて定義するとともに、請求権を優先度の順にランク付けすることにより、資本に対する負債の定義を単純化した。
  • 原則5及び原則6では、財務情報の重要性と中立性の問題を取り上げる。重要性の原則は、情報が財務諸表の主な利用者に差異をもたらすかどうかということに基づくべきであり、一方、中立性の原則は、取引やその結果を表す報告フォームに基づくのではなく、項目や事象の経済的実体を最もよくとらえる方法に基づくべきである。
  • 原則10では、より分解した詳細な情報の報告の必要性に焦点を当てているが、アナリストはより細分化したセグメントの報告を求める。実際にCFAセンターが実施した2つの調査では、アナリストが必要とする情報と財務諸表作成者が提供する情報のギャップは大きい結果となった。
  • 原則12の開示においては、財務情報の利用者が財務リスクのみではなく、会計方針、事象、取引、営業活動などを理解できるよう十分な情報を提供すべきであり、開示は認識と測定の代用物ではないことを強調したい。

SACメンバーからのコメント

  • CFAペーパーについては、6月のSAC会議で議論が行われ、多くの点で反対意見もあったのに、何故今回再度SAC会議のアジェンダに取り上げるのか。このCFAセンターからの提案はIASBの作業プランに採用されるのか。(独財務諸表作成者)
    • 別途、Carvalho SAC議長から前回のSAC会議で残り4つの原則について11月のSAC会議でアジェンダに取り上げることを決定した旨説明があった。
  • 会計の目的は、膨大な情報を提供することではなく、必要な情報を提供することであり、提供されるべき必要な情報を決定するために、基本に立ち返ったアプローチを行うべきである。膨大な情報は恐らくほとんど誰も読まず、多すぎる情報は何も伝えていないのと同じである。(独財務諸表作成者/豪金融機関)
  • 企業の財務諸表作成部署は、現行の基準を満たすのみで手一杯になっており、これ以上の詳細情報の開示は対応できる状況ではないことを認識すべきである。また、追加的な開示は、監査すべき情報が増えることも意味し、監査費用もさらに発生することを意味する。(スイス金融機関)
  • CFAペーパーはすべてのアナリストの意見を代弁するものではなく、アナリストが必要とする情報は様々である。例えば、公正価値を重視しないアナリストもいれば、キャッシュ・フローの測定値を重視しないアナリストもいる。(米国金融機関)
  • 純資産の変動について、事業、投資、資金調達、合計の別に分け、それぞれについて会計年度における取引によるもの、見積りによるもの、評価によるものの3つの要因に分解するマトリックス表示は、実務では複雑すぎるので反対する。(ノルウェー会計士)
  • 現在の財務報告の様式は全く満足のいくものではないので、CFAセンターの提案を歓迎する。なぜなら、現在の財務諸表では把握できる内容に限界があるため、3,000項目以上の開示が要求されているからである。(国際通貨基金代表)
  • 前回会議では、欧州産業連盟(UNICE)や日本経団連からCFA センターが提案するモデルに対し、反対意見が文書で配布されるとともに、CFAセンターの提案に対しては、支持する意見より反対する意見の方が多かったと記憶している。しかし、議事録では何人かのメンバーが懸念を表明したが、他の多くのメンバーは支持したかのような印象を与える記述になっている。事実はその反対であったと思うので、議事録を訂正していただきたい。(辻山SAC委員)
    • 別途、Carvalho SAC議長から、前回と今回行ったCFAセンターの提案に対する議論の結果は、SACがCFAペーパーを支持しているとは解釈できないよう議事録に記録として残す旨説明があった。
  • これまでの世界各国の投資家へのIR活動の経験を通じて、業績の評価を得る際の最も重要な財務指標は、「純利益」であると確信するとともに、各国の広範な投資家にとっても純利益は、重要な投資判断材料であると考える。少なくとも各国の投資家が、「純利益」及び「その他の包括利益」を廃止し、「包括利益」のみをもって足りると考えているとは思いもよらない。また、これまでSACにおいて何度か業績とは何かについてその定義が必要であると指摘してきたが、改めてこれを検討することを提案したい。さらに「業績報告」プロジェクトは、2006年3月に「財務諸表の表示」プロジェクトと改められたが、その実態は、会計処理や基準の変更を含めた検討内容となっており、以前の「業績報告」プロジェクトとするのがふさわしいと考える。(八木SAC委員)

Ⅳ.IASBの作業計画

Tweedie IASB議長から、IASBの戦略的目標、作業計画等について説明が行われた。

戦略的目標

  • IASBでは現在、1.中小企業(SME)会計基準の完成、2.多くの国が各国の会計基準ではなく、IFRSsに切り替えることの奨励、3.IFRSsと米国会計基準との統合化の3点を主要な戦略的目標としている。
  • 1.については、IASBは現在2006年末公表を目指して、公開草案に取り組んでいる。公開草案の公表は、これまでのディスカッション・ペーパーにコメントを寄せた関係者、円卓会議、ワーキング・グループ会議、SAC会議におけるプロセスの1つのマイルストーン(一里塚)である。
  • 2.については、IFRSsへの切替えが多くの国で可能となるようIFRSs採用奨励への多くの計画を公表した。これらの計画には、新基準適用の準備に時間がかかることからIASBは2009年1月1日より以前に、開発中の新しいIFRSsあるいは現行基準の主要な修正の適用を要求しないことや、主要トピックについて公開円卓会議の開催等が含まれる。
  • 3.については、米国に上場している外国企業が要求される差異調整表の廃止に向けた米国会計基準とのコンバージェンス、及び世界の資本市場で用いられる高品質で共通の会計基準の開発を目指して取り組んでおり、IASBとFASBの間で締結した覚書(MoU)(*3)で設定したプロジェクトを遂行すると、実質的にIFRSsと米国会計基準は同等になるであろう。

コンバージェンスの各国の動向

IASBの各国(米国を除く)とのコンバージェンスの取組みは以下のとおりである。

インド
  • 2006年7月に、IASBはSACメンバーであるShailesh Haribhakti氏から、Dr. Manmohan Singhインド首相が「我々はIFRSsと見合った会計基準の採用を促進するであろう」とのコメントを行ったとの報告を受けた。
  • 現在のインド会計基準の多くは旧国際会計基準(IAS)がベースになっているが、近年のIASの改訂やIFRSにアップ・デートされていない。IASBは、インドの会計基準を改定するよりも、インドがIFRSsを全面採用することを提案する。IASBは、コンバージェンスについての議論を開始するため、2007年2月にインドにチームを派遣する予定である。
日本
  • 2006年9月末に、ASBJとIASBの代表者は、日本の会計基準とIFRSsのコンバージェンス達成の目標に向けた第4回共同会議を開催した。両ボードとも、こうした議論や意見交換により相互理解を深めることは、両ボードの今後の審議に資するであろうと考える。
  • 両ボードは、共同作業を継続するための計画を了解し、それぞれのプロジェクト計画を確認した。さらに、IASBはASBJにコンバージェンス作業を加速することを提案した。
SACメンバーからのコメント
  • ASBJは2006年10月にコンバージェンスに関わる会計基準等の開発プロジェクトについて、「ASBJプロジェクト計画」を公表した。ASBJは、今後もIASBとの共同プロジェクトを積極的に推進し、日本基準とIFRSsとの差異を最小限にしていく努力を続ける。(辻山SAC委員)
中国
  • IASBのスタッフは中国財政部との活発な取組みを続けている。2006年8月と9月にIASBのスタッフは、どの分野が解釈によってIFRSsと異なるか識別することを目的に、中国の企業会計基準の解釈についてコメントを行った。
  • また2006年9月には、IASBディレクターが中国昆明で国際評価基準委員会(IVSC)と中国評価基準委員会によって開催されたカンファランスで講演を実施。
  • IASBは、中国財政部から派遣されたスタッフの貢献により便益を得ているが、期限が切れることから、別の財政部スタッフの受入れについて協議を開始している。

SACメンバーからのコメント

  • 2006年の7月に公表されたIASBの新しい方針を歓迎する。IFRSsの開発に際して、これまで以上に市場関係者の声に耳を傾けるという姿勢、並びに既にあるIFRSsの安定的な適用に向けた努力をするという姿勢は、非常に好ましいものだと思う。(辻山SAC委員)
  • SMEプロジェクトは進展したが、公開草案のドラフトではSMEの会計基準は独立したものではないので、他の会計基準とのギャップが存続している。IASBはさらなる単純化を考慮しているのかどうか尋ねるとともに、SMEの会計基準の各国会計基準に対する重要性について質問した。(独会計士)
    • これに対して、IASBメンバーとスタッフから、SMEの会計基準は独立した会計基準になると想定しているとの回答があった。また、SMEの会計基準を簡潔にすることと、ガイダンス充実させることのバランスが重要であるとの説明があった。
    • 別のIASBメンバーからは、個々の国が、SMEの基準を採用すべきかどうか、及び当該基準の各国会計基準に対する影響を判断することが強調された。またIASBスタッフからは、繰延税金、年金、及び金融商品についてさらに単純化することを検討していることが説明された。
  • IASBが米国財務会計基準書(SFAS)第157号「公正価値測定」を公開草案ではなくディスカッション・ペーパーとすることを決定したことを踏まえて、その決定は、会計基準のコンバージェンスに影響があるかどうか、またコンバージェンスの必要性を勘案して、IASBがSFAS第157号から逸脱するオプションを持つかどうかについて質問があった。(独財務諸表作成者)
    • これに対して、IASBスタッフからは、SFAS第157号は新興国向けではなく先進国向けに策定されており、より時間をかけて審議をするために、IASBはディスカッション・ペーパーとして公表することにし、また、公正価値という用語の使用に混乱が生じることを想定して、IASBは関係者に、より多くのコメントの機会を提供することを決定したとの説明があった。
  • 会計基準の統合に関して、IASBの作業に十分サポートする企業もあれば、何があっても統合を求めない企業もある。その理由として考えられるのは、IFRSsは原則主義(principles-based)で米国会計基準は規則主義(rules-based)であるからであり、この違いが概念的に重要な相違をもたらしているのではないか。(伊会計士)
  • 財務諸表の表示プロジェクトは2001年からのアジェンダであるが、進展が遅れていることの懸念が表明されるとともに、保険プロジェクトについても同様の懸念が表明された。(保険監督者世界機構(IAIS)代表)
    • これに対してIASBスタッフから、財務諸表の表示プロジェクトのフェーズBは長期プロセスが始まったばかりで、ディスカッション・ペーパーを2007年に公表し、コメント募集を行い、その後IASBスタッフがコメントを分析のうえIASBに提案を行う予定との回答があった。また、保険プロジェクトについては、その複雑性を勘案してさらなる議論が必要なので、公開草案は2007年第1四半期に公表予定との回答があった。
  • 2006年10月下旬に行われたIASBとFASBの共同会議において、両審議会は財務諸表の表示に関して、長期的な取扱いとして、その他包括利益(OCI)、リサイクリング及び純利益を廃止し、また、短期的な取扱いとしてOCIとリサイクリングを維持することで暫定合意した。しかし以下の理由により、上記両審議会の決定を含むプロジェクトの進め方に強い違和感を感じる。(八木SAC委員)
    1. 本プロジェクトは、2001年以降5年以上にわたり、多くの市場関係者を巻き込んだ議論が展開され、この過程で純利益を廃止しようとするIASBの提案に対し、UNICEや日本経団連、及び市場関係者等の多数の反対意見の存在が明らかとなっている。
    2. 多くの市場関係者が反対の声を上げているにもかかわらず、上述の両審議会による決定が行われたことは、コンバージェンスへの障害と言わざるを得ない。そこでSACやアドバイザリー・グループ(JIG)における反対意見、あるいは、過去5年間に明らかとなっている多くの関係者の反対意見が、どのようにIASBに伝達され、どのようにIASBによって検討され、かつIASBの方針の検討に反映されたのかを検証する手続が透明性をもって説明されるべきである。
      • これに対し、SAC事務局から、1.当該暫定合意は、各方面の意見を踏まえ、審議会で暫定合意したもの、2.まだ議論は始まったばかりで、ディスカッション・ペーパーが2007年第2四半期に公表される予定である、といった事務的な回答が行われた。
      • この回答に対し、丸山審議官から、1.SACメンバーは、IASBの活動に対し、助言を与える地位にあると理解している。2.しかしながら、メンバーからの助言に対し、さきほどの事務的な回答ぶりは理解に苦しむ、と指摘が行なわれた。
      • これを受け、Tweedie IASB議長から経緯やプロセスについて改めて説明が行われた。丸山審議官より、Tweedie IASB議長の説明は了解する旨の回答が行われた。

Ⅴ.負債と資本

IASBディレクター及びスタッフから負債と資本プロジェクトの概要のプレゼンテーションが行われた。その中で、このプロジェクトはIASBとFASBの修正共同プロジェクト(*4)であり、FASBで決定する内容をIASBのディスカッション・ペーパーとして公表する予定であることが説明された。また、今般FASBは予備的見解を近日中に公表予定である旨説明があった。

IASBスタッフからの説明

  • このプロジェクトの目的は、IAS第32号「金融商品:表示」の下で、現行ガイダンスに問題点が生じたので、包括的な基準を開発することである。これは、元来、議論の的であり、よく知られた会計処理の問題である。また、もう1つの目的として、FASBとの修正共同プロジェクトを遂行することにより、FASBにより開発された会計基準と合わせることである。
  • FASBは3つのモデル:(a) 所有・決済アプローチ、(b) 所有アプローチ(狭義の資本)、(c) REO (Reassessed Expected Outcome) アプローチを検討しているが、いずれも負債の識別ではなく、むしろ資本の識別に焦点を当てている。
  • FASBは2007年前半に予備的見解を公表する計画であり、IASBはFASBの公表後すぐにディスカッション・ペーパーとして、FASBの公表物を公表する予定である。
  • このプロジェクトの目的達成に向け、今後上記3つのモデルのうち1つを選ぶ必要があるが、どのアプローチが最も成功する可能性が高いかなどについて、SACメンバーへコメントを求めた。

SACメンバーからのコメント

  • 資本と負債の区分についてルールが制定されればされるほど、より多くの金融商品がこれらルールを回避して作り出されることになるであろう。また、IASBが現行基準を改定するに当たっては、高度な原則アプローチを採用することを推薦する。(豪金融機関)
  • 資本と負債の区分は株式所有者(shareholder)または資本(equity)のいずれの観点から評価すべきかについて検討すべきではないか。(独会計士)
  • 資本の法的ポジションを考慮するアプローチを支持する。(独財務諸表作成者)
  • REOアプローチはそのモデルが複雑で、多くの解釈やストラクチャリングを可能とするので、結果として、投資銀行業務の分野で数多くの金融商品が創設されることを懸念する。(米金融機関)
  • オーストラリアの場合、現行IAS第32号の下で、投資信託(unit trust)は全く自己資本を保持していない。このことは資本と負債の区分において厄介ではあるが、プロセスが明瞭で単純なので新たな産業は増加しないであろう。(豪金融機関)
  • 3つのアプローチの内容をまだ明確には理解していないが、印象としては、現行の日本基準では所有アプローチに近い考え方が取られていると思う。つまり、起こりうる支出にではなく、起こりうる希薄化によりフォーカスを当てるアプローチが採用されていると思う。ただし、その結果として資産・負債に分類されたものがすべて公正価値で評価される必要があるか否かについては、別途検討が必要になると考える。(辻山SAC委員)
  • SACメンバーは、他のトピックと比較して本プロジェクトの相対的重要性に関する考え方を共有することを求められ、以下のようなコメントを表明した。
    1. 関係者はIAS第32号を受け入れており、このプロジェクトの優先順位は高くないのではないか。(英会計士/蘭財務諸表作成者)
    2. このプロジェクトは非常に重要である。(独会計士)
    3. トピックの複雑性から、見解を表明するのは難しい。(伊会計士)
  • FASBがSFAS第157号を公表し、また資本と負債に関する予備的見解をこれから公表することを勘案すると、これら提案が欧州連合(EU)に浸透するのに時間がかかり、ダイバージェンスを引き起こさないか懸念する(独財務諸表作成者)。
    • これに対してIASBメンバーとスタッフからは、負債と資本のディスカッション・ペーパーは、将来の基準開発に向けたプロセスの第一歩とみなすべきである。しかしながら、もし関係者の反応がネガティブであるならば、優先順位は他へ譲るべきである。IASBメンバーは、FASBの作業がIASBの作業に影響を与えるように、コンバージェンスがIASBのプロジェクトを推進していることを繰り返し強調した。

Ⅵ.公正価値測定

IASBスタッフから、公正価値測定に関する現状について説明を行った上で、事前に提示した質問事項を基に、SACメンバーを3つのグループに分け議論を行い、各グループの代表者から各グループの議論内容について発表があった。説明事項、質問、議論内容は以下のとおりである。

IASBスタッフからの説明

  • 本件プロジェクトは、2005年9月にIASBのアジェンダに追加され、2006年2月にIASBとFASBの両審議会から公表されたMoUの「その他の統合化プロジェクト」の一部となっている。
  • IASBは、公正価値測定において、現在関連するIFRSsに分散し、かつ必ずしも整合的でないガイダンスを、体系化し平易にすることを目的とする。
  • FASBは最近SFAS第157号「公正価値測定」を公表したが、IASBは、これをIASBのディスカッション・ペーパーとして公表を予定している。(2006年11月末に公表)
  • IFRSsとSFAS第157号が公正価値測定の複数のガイダンスにおいて現時点で異なっていることを考慮すると、IASBは、FASBがSFAS第157号において達した結論と異なる内容になることを懸念する。現時点で、SFAS第157号と現在のIFRSsの公正価値測定ガイダンスにおいて異なる箇所は以下のとおりである。
    • 公正価値の定義
    • 初日利得(day-one gain)
    • インプットが買呼値と売呼値(bid and asked price)に基づく場合の公正価値の測定方法
    • 公正価値測定の基になる市場の決定方法
  • IASBは、FASBのSFAS第157号における結論と異なる内容になる可能性があるので、これら相違点が生じた場合の影響について、事前に提示した以下の質問事項を基に議論を進めて欲しい。

SACメンバーへの質問事項

  1. 公正価値測定のガイダンスにおいて、IFRSsが米国会計基準と異なる結論に達した場合、財務諸表の有用性におけるこれら相違点の影響をどのように考えるか。
  2. IFRSsと米国会計基準の公正価値測定ガイダンスが異なる場合、IFRSsから米国会計基準に差異を調整する企業、及び両方の基準に基づいて報告する企業にとって、費用が非常にかかることになるか。
  3. 公正価値をいかに定義し、いかに測定するかに対する異なる考え方と、コンバージェンスの目的のバランスにおいて、何が重要な要因と考えるか。

議論の内容

  • グループ1は、費用ではなく高品質であることが最も重要な要因であると結論付けた。万一、相違点が発生した場合、適切なパートナーとの対話が必要であり、SFAS第157号とたとえ相違することがあっても、究極的には最善の解決策を選ぶであろう。妥協するのではなく、むしろダイバージェンスにうまく対処するアプローチを推奨した。
  • グループ2は、公正価値測定に関するIFRSsの公表時点でSFAS第157号と相違点が発生した場合、困難な状況になることを予想した。特に初日利得とSFAS第157号の公正価値の定義に懸念を表明し、今後発生する可能性のある相違点が取り除かれるようFASBに対してIASBは懸念を表明することを推奨した。
  • グループ3は、SFAS第157号とIFRSsの相違点が、米国に上場している外国企業に要求されている差異調整表の廃止にも影響を与えかねないので、SFAS第157号に合わせるべきである。公正価値測定は、会計基準の統合化の代償として犠牲になるべきではなく、コンバージェンスの目的と異なる考え方の両方のバランスを取ることが重要である。また相違点が存続すると企業結合など他のIFRSsに今後影響を与えるのではないかという懸念を表明した。
  • IASBはSFAS第157号をディスカッション・ペーパーとして公表するという正しい決定を下した。また、ガイダンスを策定することは重要であるが、解決すべき問題点が多いことから、必ずしもSFAS第157号に基づく必要はないであろう。(独会計士)
  • IASBスタッフはSACメンバーのフィードバックに感謝するとともに、これらフィードバックは今後このプロジェクトに非常に助けとなったと応じた。

SACメンバーからのコメント

  • 同じ現在価値でも、入口価値と出口価値の会計学上の意味は全く異なる。したがって、業績報告に関するIASBの2001年の当初提案を見たときから、現在価値に対するIASBサイドとFASBサイドの理解の相違がやがて大きな問題になるであろうと考えていた。(辻山SAC委員)
  • 測定ガイダンスについてIFRSsと米国会計基準との間に相違点が生じないよう本プロジェクトを進めることを要望する。なお、各質問への回答は以下のとおりである。(八木SAC委員)

質問(a)への回答

IFRSsと米国会計基準とで測定ガイダンスが異なるものとなれば、財務諸表の有用性に比較可能性の観点からネガティブな影響が生じるケースが想定される。
例えば、SFAS第157号は、公正価値として出口価値を定めているが、企業結合取引において、取得企業が受け入れる被取得企業の資産及び引き受ける被取得企業の負債については、入口価値が妥当であると考えられる。この事例では、IFRSsと米国会計基準との測定ガイダンスが異なるためにのれんの価額に相違が生じる。

質問(b)への回答

IFRSsから米国会計基準への調整を行うケース、あるいは両者のフレームワークに基づいて財務報告を行うケース、これらのいずれにおいても、測定ガイダンスの相違は、報告企業に重要な負担を課すものと考える。例えば、複数市場が存在する場合にIAS第39号は、「最も有利で活発な市場」における市場価格を用いるが、米国会計基準では、まず「主要市場」の市場価格を用い、これがない場合には「最も有利で活発な市場」における市場価格を用いる、といった相違がある。これらをそれぞれに使い分けるための事務工数は、明らかに財務諸表作成者にとって大きな負担である。

質問(c)への回答

投資家にとっての有用性が測定ガイダンスの相違により比較可能性の減少によって損なわれる度合い、及び報告企業の負担、この2点が重要なファクターであると考える。

以上


  1. 2005年4月、米国SECはロードマップを発表し、米国市場においてIFRSsを用いる外国企業に対して要求される差異調整表を、2009年を目標に撤廃する道筋を明らかにしている。
  2. CFAセンターは、世界有数の財務アナリストの1つであるCFA Institute(本部:米国)の一部分である。
  3. 2006年2月27日に、両審議会は、世界の資本市場で用いられる高品質で共通の会計基準を開発する目的を再確認したMoUを公表している。MoUは、IFRSsを用いてSECに登録している外国企業について差異調整表の廃止のための「ロードマップ」と、欧州証券規制当局委員会(CESR)が会計基準を改善する分野を識別するために着手した作業を反映している。
  4. FASBかIASBのどちらかが主たるプロジェクト推進母体となるものの、両者のスタッフが参加する1つのスタッフチーム(場合によっては両者以外の会計基準設定主体のスタッフも参加する)で作業を進めるもので、既にどちらかが先行して作業を進めているプロジェクトに適用される。最終的には、両者で同じ会計基準又はかなり類似した内容の会計基準を作成することを目指すというアプローチである。