国際会計基準審議会(IASB)の第16回基準諮問会議(SAC)が、2006年6月26日と27日の両日にわたり、ロンドンで開催された。日本からは、SACメンバーである辻山栄子早稲田大学商学部教授、オブザーバーとして金融庁より式部 透審議官が出席し、金融庁より水谷 剛課長補佐、企業会計基準委員会(ASBJ)より又邊 崇専門研究員が同席した。なお、SACメンバーである八木良樹日立製作所株式会社取締役会議長・監査委員長は欠席したが、八木氏の意見は(社)日本経済団体連合会コメントとして席上配布された。以下、会議の概要を報告する。
CFA センター (*1)が2005年10月に公表した「包括事業報告モデル:投資家のための財務報告」(CFAペーパー)において提案されている内容について、SACメンバーであり、CFAセンターの包括事業報告モデル委員会の議長を務めたPatricia McConnel氏によるプレゼンテーションが行われた。また、SACメンバーであるJochen Pape氏(独会計士)がCFAペーパーの考え方、それに対する自分の意見、SACメンバーに対する質問をアジェンダ・ペーパーに取り纏めており、Pape氏とMcConnel氏のディスカッションを中心に意見交換が行われた。
原則1: | 企業は、その普通株式における現在の投資家の観点から考察されなければならない。 |
原則2: | 公正価値の情報は、財務上の意思決定を行うために目的適合的な唯一の情報である。 |
原則3: | 認識と開示は、投資家の意思決定に対する情報の目的適合性によって決定されなければならず、測定の信頼性だけに基づいてはならない。 |
原則4: | すべての経済的取引及び事象は、発生時に財務諸表において完全かつ適切に認識されなければならない。 |
原則5: | 投資家の富の評価が重要性の水準を決定しなければならない。 |
原則6: | 財務報告は中立でなければならない。 |
原則7: | 純資産のすべての変動は、単一の財務諸表である、普通株主に利用可能な純資産の変動計算書において計上されなければならない。 |
原則8: | 普通株主に利用可能な純資産の変動計算書は、資産及び負債の公正価値におけるすべての変動を適宜に含めなければならない。 |
原則9: | キャッシュ・フロー計算書は、企業の分析に不可欠な情報を提供し、直接法のみを用いて作成されなければならない。 |
原則10: | 各財務諸表に影響を及ぼす変動は、分解ベースで報告かつ説明されなければならない。 |
原則11: | 個別の項目は、それが用いられている機能ではなく、項目の性質に基づいて報告されなければならない。 |
原則12: | 開示は、投資家が財務諸表で認識されている項目、測定の特質、リスク・エクスポージャーを理解するために必要なすべての追加的情報を提供しなければならない。 |
基準設定主体が投資家に以下の4つの財務諸表を提供することを提案している。
比較貸借対照表(20X3年及び20X4年12月31日)
20X3年12月31日 | 20X4年12月31日 | |
---|---|---|
資産 | ||
現金 | 4,000,000 | 5,918,411 |
市場性のある有価証券 | 0 | 196,100 |
売掛金 | 595,000 | 845,000 |
控除:貸倒引当金 | (20,000) | (70,500) |
売掛金(純額) | 575,000 | 774,500 |
(省略) | ||
資産合計 | 8,925,000 | 12,025,767 |
負債及び持分 | ||
未払株式報酬 | 6,000 | 13,500 |
(省略) | ||
負債合計 | 979,738 | 3,987,648 |
持分 | ||
その他持分 | ||
少数株主持分 | 100,000 | 100,000 |
永久優先株式 | 300,000 | 300,000 |
その他持分合計 | 400,000 | 400,000 |
普通株主の持分 | ||
普通株式 | 600,000 | 600,000 |
資本準備金 | 4,000,000 | 4,000,000 |
自己株式 | (100,000) | (100,000) |
留保純資産 | 3,045,262 | 3,138,119 |
普通株主持分合計 | 7,545,262 | 7,638,119 |
持分合計 | 7,945,262 | 8,038119 |
負債及び持分合計 | 8,925,000 | 12,025,767 |
キャッシュ・フロー計算書及び重要な非現金の財務及び投資活動(20X4年12月31日終了年度)
キャッシュ・フロー計算書 | 20X4年 | 重要な非現金の財務及び投資活動 | |
---|---|---|---|
顧客からの回収 | 2,700,000 | ||
棚卸資産購入支払 | (1,750,000) | 投資活動 | |
賃金支払 | (210,000) | リース建物及び土地 | 31,700 |
賃貸料支払 | (120,000) | 財務活動 | |
その他サービス支払 | (100,000) | リース債務-建物及び土地 | (31,700) |
年金拠出 | (1,200) | 補足開示 | |
営業キャッシュ・フロー純額 | 518,800 | 顧客からの回収 | |
関連会社株式購入 | (710,000) | 現金売上 | 250,000 |
資本的支出-建物 | (500,000) | 前受金 | 200,000 |
市場性のある有価証券購入 | (185,000) | 売掛金回収 | 2,250,000 |
受取配当金 | 9,250 | 合計 | 2,700,000 |
投資キャッシュ・フロー純額 | (1,385,750) | 棚卸資産購入支払 | |
金利支払 | (125,000) | 現金購入 | (300,000) |
配当金支払 | (35,000) | 過年度購入支払 | (850,000) |
短期借入 | 500,000 | 当期買掛金 | (600,000) |
社債発行 | 2,500,000 | 合計 | (1,750,000) |
財務キャッシュ・フロー純額 | 2,840,000 | ||
法人所得税支払 | (54,639) | ||
現金純変動額 | 1,918,411 |
普通株主に利用可能な純資産変動比較計算書(20X4年12月31日終了年度)
当期発生取引 | 見積り | 評価調整 | 純資産における純変動 | |
---|---|---|---|---|
営業 | ||||
売上 | 2,775,000 | |||
貸倒損失 | (50,500) | 2,724,500 | ||
売上原価: | ||||
棚卸資産購入 | (1,275,000) | |||
直接労務費 | (110,000) | |||
間接費配賦額 | (105,944) | |||
期末棚卸資産- 期首棚卸資産 | (446,250) | |||
売上原価合計 | (1,937,194) | |||
その他報酬 | (107,500) | (107,500) | ||
賃借料 | (120,000) | (120,000) | ||
年金費用 | (1,200) | (2,400) | (3,600) | |
減価償却費 | (75,000) | (75,000) | ||
その他営業費用 | (150,000) | (150,000) | ||
法人所得税-営業活動 | (99,362) | (33,121) | (132,482) | |
営業活動純額 | 911,938 | (713,215) | 0 | 198,724 |
投資 | ||||
建物再評価 | 160,000 | 160,000 | ||
配当金-市場性のある有価証券 | 9,250 | 9,250 | ||
市場性のある有価証券:再評価 | 11,100 | 11,100 | ||
関連会社の稼得利益に対する持分 | 12,250 | 12,250 | ||
法人所得税-投資活動 | (77,040) | (77,040) | ||
投資活動純額 | (55,540) | 171,100 | 115,560 | |
財務 | ||||
利息費用 | (252,378) | (252,378) | ||
法人所得税-財務活動 | 100,951 | 100,951 | ||
財務活動純額 | (151,427) | (151,427) | ||
所有者との取引前の純資産における純変動 | 704,971 | (713,215) | 171,100 | 62,857 |
公表された配当 | (70,000) | (70,000) | ||
純資産における純変動 | 634,971 | (713,215) | 171,100 | 92,857 |
貸借対照表、キャッシュ・フロー、発生計上及び資産の評価調整計算書
貸借対照表 X3年12月31日 |
現金 | 発生計上 | 評価調整 | 貸借対照表 X4年12月31日 |
|||
---|---|---|---|---|---|---|---|
前期発生計上の現金影響額 | 当期現金取引 | 見積り | 公正価値 | ||||
資産 | |||||||
現金 | 4,000,000 | 1,918,411 | 5,918,411 | ||||
市場性のある有価証券 | 0 | 0 | 185,000 | 11,100 | 196,100 | ||
売掛金(純額) | 575,000 | (575,000) | (1,925,000) | 2,750,000 | (50,500) | 774,500 | |
(省略) | |||||||
資産合計 | 8,925,000 | 12,025,767 | |||||
(省略) | |||||||
負債合計 | 979,738 | 3,987,648 | |||||
持分合計 | 7,945,262 | 8,038,119 | |||||
負債及び持分合計 | 8,925,000 | 12,025,767 |
SAC会議当日には、CFAペーパーの提案に反対する経団連と欧州産業連盟(UNICE)のコメントがそれぞれ席上に配付されており、SACメンバーからも「原則2:公正価値の情報は、財務上の意思決定を行うために目的適合的な唯一の情報である。」等のCFAペーパーの提案に反対する多くの意見が述べられた。
原則7に関して、Pape氏から「当期純利益よりも新計算書のボトムライン(包括利益)の方が優れた業績指標であるのか、また、1計算書方式に賛成するか。」と質問されたのに対し、他のSACメンバーからは、「純利益は保持すべきであり、1計算書方式には反対である。」(仏作成者)、「純利益は調整された指標とされることになり、IFRSの直接的な指標ではないため混乱を招く。」(英アナリスト)との意見が述べられた。
直接法によってキャッシュ・フロー計算書を作成する提案(原則9)については、「直接法によるキャッシュ・フロー計算書の方が情報量の多いことは確かであるが、1つの企業ではなくグループ全体の作成コストが問題となる。」(Pape氏)、「外貨換算の問題や大企業がデータを集めることがコスト・ベネフィットの点から問題であるため、直接法は困難である。」(英会計士、米アナリスト)との意見が述べられた。
原則11については、「情報量の多い費用性質法を提案しているCFAの考え方に同意する。」(Pape氏)、「現行の費用機能法を好む。企業の観点からは、費用性質法では業績の効率性を競争相手と比較できないからであり、アナリストの観点からは、費用性質法でどのようにベンチマーク企業と比較するのか分からないからである。性質法の情報は機能法を補足するものである。」(独作成者)と賛否両論の意見が述べられた。さらに、「性質法を好むが、すべて性質法で行うことができるか疑問であり、例えば間接費配賦額を性質で表示することは制限となる。」(IASBメンバー)との意見に対し、Pape氏は「機能法と性質法の2つの概念を混ぜるとさらに複雑となって、読者を誤解させることになる。」と述べた。
その他に、「最近のビジネスでは、知的財産のような無形資産の価値が最も大きくなっており、純資産の変動を示す計算書は、どのように将来キャッシュ・フローの予測に役立つのか。」(インド作成者)という質問に対して、McConnel氏は「識別可能な無形資産は資産の定義を満たすため、公正価値で貸借対照表に計上されるが、のれんは資産の定義を満たさず、分離可能ではないため、貸借対照表に計上されない。我々の公正価値モデルは、結果として企業の時価総額を表わす純資産とすることを意図しているのではなく、企業の個別の資産と負債の公正価値を示すことを意図している。」と回答した。
また、「CFA Instituteは、資産や負債を全面的に公正価値、つまり出口価値で評価するモデルを主張しておきながら、その上さらに(CFAペーパーの例示にあるように)減価償却が必要だという主張は矛盾しているのではないか。」(辻山SAC委員)との意見に対して、McConell氏は「公正価値モデルでも減価償却は必要と考えている。」と回答した。
Tweedie IASB議長から、IASBが現在、1.IFRSと米国会計基準との統合化2.多くの国が各国の会計基準ではなく、IFRSに切り替えることの奨励3.中小企業(SME)会計基準の完成の3点を主要な戦略的目標としていることが説明された。
1.については、FASBとの覚書(MoU)(*2)に示されている要求に焦点が置かれており、概念フレームワーク、短期統合化プロジェクト、長期共同プロジェクトの3点が作業の中心となっている。
保険プロジェクトを例に挙げて、個別の基準を開発するごとに概念フレームワークが変更されることを危惧する意見(独会計士)に対し、IASBディレクターは「概念フレームワークのプロジェクトでは、横断的論点を識別しようとしている。保険プロジェクトには、IAS第37号、収益認識、リース会計と非常に似た論点がある。我々の目的は異なる結論に至ることではなく、できるだけ審議会メンバーに満足してもらうことである。」と回答した。
また、FASBとの統合化によって、少数の大企業が影響を受けるとの意見(英会計士)に対して、Tweedie IASB議長は、「統合化プロジェクトが狙いとしているのは、影響を受ける企業の数ではなく、影響を受ける国の数である。」と回答した。
IASBの6月会議において、従業員給付、リース、関連当事者取引が議題項目に追加されることが提案された。6月のSAC会議では、SACメンバーに議題項目の計画についてコメントが求められた。
当プロジェクトによって、IAS第24号修正の公開草案が2006年末に向けて公開され、2007年第2四半期に最終基準が発行されることになる。
中国財政省との会計基準の統合化において、国有企業とのすべての関連当事者取引を開示することは、中国の国有企業にとって困難であることが認識された。2003年12月以前では、IAS第24号は国有企業間取引の開示免除を規定していたが、IASBは、改善プロジェクトにおいて、この免除規定を削除している。また、ASBJは、IASBとの統合化の議論中に、どの企業が関連当事者の定義に含まれるかについての懸念を提起した。
MoUにおいて、IASBとFASBは、2008年までにリースに関する潜在的なプロジェクトの範囲と時期について、意思決定することとした。2006年4月の共同会議で、両審議会は、リース・プロジェクトを議題に追加する提案を支持し、共同プロジェクトが望ましいことに同意した。両審議会が共同で公表するディスカッション・ペーパー(2007年よりも早くはない)に向けて作業を行うことが提案されており、公開草案に直接に向かうことは適切ではないと考えられている。
MoUにおいて、IASBとFASBは、2008年までに潜在的な年金プロジェクトの範囲と時期について、意思決定することとした。FASBは、年金プロジェクトを2段階とすることを決めており、第2フェーズでIASBとの共同プロジェクトを考えている。まず短期プロジェクトが予定され、その後に包括的レビューが続く。包括的レビューによって、2006年に暫定的基準、2014年に最終基準となる。
2006年5月のIASB会議では、従業員給付プロジェクトを議題に追加するかどうかが議論され、包括的プロジェクトが支持された。両審議会の目的は統合化された基準に到達することである。
IASBは包括的レビューの完了前に、年金会計を改善する目的の第1フェーズに着手するかどうかを検討した。4年以内に完成可能な論点として、以下の論点が挙げられている。
1.掛金建制度と給付建制度の定義2.キャッシュ・バランス制度(既存の給付建制度に織り込まれているキャッシュ・バランスの特徴を含む)の会計処理3.回廊(コリドー)の削除
4. ④期待運用収益率の削除5.すべての利得及び損失(保険数理差損益と制度改訂、清算、縮小、過去勤務費用による利得及び損失を含む)の損益での認識6.年金の清算と縮小に関する指針、特に、遅延認識を削除した後、追加的指針が必要かどうか7.認識と測定の変更による開示の改訂8.認識収益費用計算書での表示(年間の年金費用の構成要素がその他の認識収益費用として報告されるべきか、及びその金額が損益にリサイクルされるべきか)。
以下の項目は第1フェーズに含まれないが、包括的レビューで検討される。
1. 年金資産の公正価値による測定2.制度の条件と給付方式に基づく会計処理3.スポンサーの財務諸表における年金資産と負債の総額ではなく年金債務純額の表示4.IAS第19号で現在求められている割引率5.予測単位積増方式の使用。
関連当事者取引については、国有企業の取引の開示免除に反対する意見(IMF代表、IFAC代表)、関連会社概念の拡張を懸念する意見(独会計士)、開示の減少を懸念する意見(米アナリスト)が述べられたが、プロジェクト自体には賛成する意見が多く述べられた。
年金会計については、SACメンバー(独会計士)から、回廊アプローチに大いに賛同していることや、新基準において出口価値が用いられるとした場合の問題点が提起されたが、総じてプロジェクトに賛成する意見が多く述べられ、むしろ最終基準の予定時期(2014年)の遅い点が問題とされた。
リース会計については、プロジェクトに賛成する意見が多く述べられた。 最終的に、IASBは、上記3つのプロジェクトを議題に追加したことを2006年7月19日に公表している。
IASBとFASBの共同プロジェクトであり、8つのフェーズに分けられている。両審議会は目的及び質的特性(フェーズA)の審議を終了し、現在は、構成要素及び認識(フェーズB)、測定(フェーズC)の作業計画、報告企業(フェーズD)を審議している。
両審議会は、公開草案「財務報告のための概念フレームワーク:財務報告の目的及び意思決定に有用な財務報告情報」(コメント期限は11月3日)を公表している。
2006年4月に、両審議会は、改訂された作業中の資産の定義を評価することで、どのように資産の定義を改善するかを継続して検討した。改訂された作業中の定義は、以下のとおりである。
資産とは、企業の現在の経済的資源である。 企業の資産は3つの不可欠な特徴を有する。
2006年4月に、両審議会は測定フェーズに対する計画を議論した。カナダのディスカッション・ペーパー「財務報告の測定基礎-当初認識の測定」に対して受け取ったコメントの分析は、両審議会にて2006年9月に提示される予定である。
資産の定義については、CFAペーパーにおける定義との相違、自己創設のれんの問題等が議論された。また、測定については、カナダのディスカッション・ペーパーに対するコメント・レターを利用することがSACメンバー(独会計士)から提言され、IASBスタッフからは、9月のIASB会議でコメント分析が議論されることが説明された。
以上