ASBJ 企業会計基準委員会

第74回会議

IASB(国際会計基準審議会)の第74回会議が、2007年12月11日から14日までの4日間にわたりロンドンのIASB本部で開催された。今回のIASB会議では、1. 新規議題の決定、2. 収益認識、3. 概念フレームワーク(財務報告の目的及び質的特性、並びに構成要素)、4. 公正価値測定、5. 国際会計基準(IAS)第37号(引当金、偶発負債及び偶発資産)の改訂、6. プットできる金融商品、7. 退職後給付(IAS第19号(従業員給付)の改訂)、8. 認識の中止、9. テクニカルプラン、10. IFRSの年次改善、11. 国際財務報告基準(IFRS)の趣旨書の改訂(国際財務報告基準解釈指針委員会(IFRIC)の委員の数を12名から14名へ変更するための改訂)及び12. 国際財務報告基準解釈指針(IFRIC)に関連するIFRS第5号の改訂についての検討が行われた。教育セッションとして、FASBが資本と負債の区分プロジェクトの成果として2007年11月に公表した予備的見解「資本の性格を持つ金融商品(financial instruments with characteristics of equity)」の内容について、FASBのボードメンバーから内容の紹介があり、それに続いて意見交換が行われた。

IASB会議には理事13名が参加した(欠員の理事が1名)。本稿では、このうち、1. から8. までに関する議論の内容を紹介する。

1. 新規議題の決定

新たな議題として、1. 排出権取引制度(emission trading scheme)、2. 共通支配下の取引(common control transactions)及び3. 経営者による説明(management commentary)の3つを取り上げることが決定された。今回検討したものの取り上げられなかったものとして、無形資産の会計処理を扱うプロジェクトがある。

(1)排出権取引制度

排出権取引制度に関しては、一旦IFRIC第3号(排出権)が承認されたが、その後廃止された経緯があり、現在排出権取引を取り扱う規定はIFRSの中に存在していない。このため、排出権取引が世界的に拡大するなか、多様な実務が存在しており、これらを解決するため、この問題をIASBが取り上げることを求める要請が各国の会計基準設定主体などから寄せられていた。これらの要請を受けて、IASBは、排出権取引に関するプロジェクトを再開することを決定した。
また、米国財務会計基準審議会(FASB)が排出権(emission allowance)の会計処理を扱うプロジェクトを開始したこともあり、両者が排出権取引に関する会計基準の作成で今後協力することが期待される。なお、このプロジェクトでは、IAS第20号(政府補助金及び政府補助金の開示)の規定全般を見直すのではなく、あくまでも、排出権取引制度に関する会計基準に焦点を当て、それに関連する範囲で、政府補助金の規定を見直すことが予定されている。

(2)共通支配下の取引

共通支配下の取引は、IFRS第3号(企業結合)の対象には含まれていない。その結果、この取引を巡っては、多様な実務が存在している。スタッフからは、共通支配下の取引すべてを取り扱うのではなく、企業結合に関連する共通支配下の取引に限定することが提案された。そして、1. 「共通支配下の企業又はビジネスの企業結合」の定義の見直し及び2. 共通支配下の企業結合等の取引に適用される会計処理が検討内容として示された。議論の結果、スタッフ提案に加えて、会社の一部門を独立させるスピンオフといわれる取引を含む会社分割(demerger)の場合にも、共通支配下の企業などの企業結合と類似の問題があるため、会社分割もプロジェクトの範囲に含めることとした上で、プロジェクトとして取り上げることが合意された。

(3)経営者による説明

経営者による説明を扱うプロジェクトは、既にリサーチ・プロジェクトとして存在しており、2005年10月には「経営者による説明」というディスカッション・ペーパーが公表されている。今回、グローバルな事業環境や取引の複雑化を受けて、財務諸表を理解するには経営者による記述情報の提供が重要であるとの認識から、この問題を取り上げることが合意された。このプロジェクトでは、既に公表されたディスカッション・ペーパーに対するコメントなどの分析も反映したガイダンスを公表することを目標とすることになる。ガイダンスは、IFRSと異なり強制力を持つものではなく、経営者による説明を作る際に役立つアプローチを示すことが意図されている。また、概念フレームワーク・プロジェクトとの連携も図ることが考えられている。

2. 収益認識

2007年11月に引き続き、ディスカッション・ペーパーで示す予定の2つのモデル(測定モデルと配分モデル)のうち、測定モデルについての議論が行われた。

今回の議論では、1. 契約から生じる資産及び負債の変動をどのように包括利益計算書に反映させるか及び2. 提案されている測定モデルでは経済上のミスマッチを十分反映しない場合があるので、これに対応するための測定モデルの拡張が議論された。

(1)資産・負債の変動の包括利益計算書での報告

1. 問題の所在

測定モデルで認識される資産又は負債は、強制力のある契約から直接生じ、残存している未履行の権利又は未履行の義務を表している。そして、この権利又は義務は、当初認識時及びその後の測定において、現在出口価値(current exit price)で測定される。現在出口価値は、市場参加者が、契約で規定される権利及び義務の残余部分を取得する(又は引き受ける)ために支払うであろう(支払うことを要求される)価格と定義される。

測定モデルでは、契約に基づく資産又は負債は、常に現在出口価値で測定されるため、製品の引渡義務のその後の変動(例えば、商品価格の上昇)によって履行義務が変動した場合にも、負債(又は資産)が増減する。また、収益として認識される金額は、履行義務の減少又は消滅を起因として、現在出口価値で測定された負債の減少として計算される。このため、商品価格の上昇などといった履行義務以外の要素が負債に反映されていれば、当該要素も収益に反映されることとなる。その結果、場合によっては、顧客との契約額を上回る収益が認識されることになる。

このことを設例によって示すと次のとおりである。

【例】 販売業者は、6月30日に顧客との間で製品を8月31日に引き渡す契約を締結し、顧客は同日に契約価格CU1,000を前払いした。6月30日における販売業者の履行義務の現在出口価値はCU900であり、7月31日における履行義務は、製品価格のCU50の上昇によりCU950となった。その後履行義務の現在出口価値には変動がなく、販売業者は、8月31日に製品を顧客に引き渡した。これをまとめたのが図表1である。

【図表1】販売業者の会計処理

6月 7月 8月 総額
包括利益計算書
収益

100

950 1,050
契約損失 (50)

(50)

財政状態計算書
現金

1,000

1,000 1,000
契約負債

(900)

(950)
2. 今回の議論

今回は、製品価格の変動(CU50)を収益に反映させるのか、反映させる場合(収益はCU1,050となる)、契約価格(CU1,000)を包括利益計算書上で表示すべきか、表示する場合にはどのように示すのかといった点が議論された(今回決定された事項はない)。ここでは、議論されたいくつかの方法を紹介する。

(a) 製品価格変動を収益に反映させる考え方

この考え方では、製品価格の変動が収益に反映され、結果として、契約価格CU1,000が収益として示される。

6月 7月 8月 総額

包括利益計算書

収益

100

(50) 950 1,000

(b) 製品価格変動を収益に反映させない考え方

この考え方では、製品価格の変動は収益としては認識せず、包括利益計算書の別の勘定科目として表示される。そのため、契約価格CU1,000が収益として認識される。

6月 7月 8月 総額

包括利益計算書

収益

100

900 1,000

契約利益・損失

(50)

50

(c) 製品価格変動を収益の修正として別に示す考え方

この考え方では、製品価格の変動を収益の修正として表示するものの、これを区分することによって、現在出口価値ベースの収益と契約収益の両者を示そうとする。

6月 7月 8月 総額

包括利益計算書

収益

100

950 1,050

収益調整

(50) (50)

契約収益

100 (50) 950 1,000

上記の考え方では、製品価格変動を収益の修正として表示するので、7月にマイナスの契約収益が生じることになる。収益の表示は重要であり、むしろ、製品価格の変動を収益に反映するのは、履行義務の消滅時にすべきという考え方に基づくと、下記のとおりの処理となる。ここでは、製品価格の変動が発生した時には、「未履行義務の契約損失」という科目を用いて、収益に影響させず、履行義務の消滅時にこれをリサイクルして収益調整として表示する。なお、下記の表示では、契約費用の要素も反映している。

6月 7月 8月 総額

包括利益計算書

収益

100 950 1,050

収益調整

(50)

(50)

契約収益 100 900

1,000

契約費用

(50) (800) (825)

マージン

75 100 175

未履行義務の契約損失

(50)

50

純マージン

75 (50) 150 175

(2)測定モデルの拡張の必要性

1. 問題の所在

測定モデルでは、強制力のある契約から直接生じる未履行の権利又は未履行の義務を現在出口価値で測定した負債(又は資産)の変動に基づいて収益を認識する。しかし、強制力のある契約から生じる負債(又は資産)のみに焦点を当てるだけでは、当該契約の経済上のミスマッチを忠実に描写しない場合がある。このような場合には次のような例がある。

(a)顧客に対する履行義務を果たすために提供すべき製品をすでに製造又は購入している場合

例えば、顧客に原油を引き渡す契約をしている販売業者が既に引き渡すべき原油を手当てしている場合、原油の引渡義務(負債)は現在出口価値で測定されるが、たな卸資産として保有している原油は取得原価(低価法)で測定される。このため、原油価格が上昇した場合、履行義務(負債)は増加し費用が認識されるが、原油は取得原価で測定されるため、価格の上昇が反映されない。この結果、原油を手当てしている販売業者と手当てしていない販売業者とでは石油価格の上昇の与える経済的影響が同じでないにも拘らず、包括利益計算書では、この差異が表示されないこととなる。

(b)顧客に引き渡すべき製品を製造しつつある場合

例えば、住宅の建設を請け負った建設業者は、住宅の建設が進み完成直前であっても、履行義務は当該資産が引き渡されるまで変動しないため、当初の履行義務を反映した負債が認識されることになる。この結果、着工直後の状態と完成間近の状態という経済状態が異なる場合でも、両者の区別が包括利益計算書上には反映されない(財政状態計算書では、仕掛品の増加が反映されることにはなる)。

このように、測定モデルの下では、強制力のある契約から生じる負債(又は資産)のみを現在出口価値で測定するだけでは経済実態を表さない場合がある。この場合、強制力のある契約から生じる負債(又は資産)に関連する資産又は負債(例えば、対応するたな卸資産)にまで測定モデルの考え方を拡大することにより、問題が解消されることがある。このようなケースをどのように考えるかがここでの論点である。

2. 今月の議論

既に述べたように、より広い範囲で資産と負債をマッチングすることにより、取引の経済実態を忠実に表現できる場合がある。このための2つの方法(収益の定義の拡張及び新たな収入項目の創設)がスタッフから提示され、議論が行われた。この議論も測定モデルの内容を理解するためのものであり、特に合意された事項はない。

(a)収益(revenue)の定義を拡張して測定モデルが取り扱う範囲を拡大する。

収益の定義を「収益は、最終的に顧客に引き渡される商品及びサービスの提供になくてはならない企業の資産(資産の流入又は資産の増強を含む)又は負債の減少をいう」という形で拡張し、これによって原油の例のたな卸資産に対して、公正価値の測定を行い、その変動を収益として認識することを可能にする。これにより、石油の引渡義務に係る負債の変動による収益の認識と対応させるという考え方。

(b)新たな収入(income)項目を創出する。

収益の定義を変更することなく、履行義務を果たすために用いられる資産(住宅建設の例の住宅)の増加又は増強が起こった時に、新たに「製造収入(production income)」(収益ではないが包括利益計算書の一部)といった項目を設けて収入を認識するという考え方。この考え方の下では、契約開始後、1. 顧客に引き渡す製品の増加又は増強が起こった時点で製造収入が認識され、次いで、2. 当該製品を顧客に引き渡した時点で収益が認識される。

3. 概念フレームワーク

今回は、1. フェーズA(財務報告の目的及び質的特性)に関連して「信頼性」を「表現の忠実性」に置き換えることに伴う非改訂部分の取扱い及び2. フェーズB(構成要素)に関連して「負債」の定義の検討が行われた。

(1)「表現の忠実性」への変更の影響

フェーズAで公表されたディスカッション・ペーパーの第1章「財務報告の目的」及び第2章「意思決定有用性のある財務報告情報の質的特性」を公開草案とするための検討が進んでいる。今回、既に2007年10月に議論された問題ではあるが、新概念フレームワークが現行の概念フレームワークを置き換えることとなった場合、この部分と改訂されていない他の部分との関係をどのように取り扱うかについて議論が行われた。
問題点は、ディスカッション・ペーパーの第2章では、「信頼性(reliability)」を「表現の忠実性(faithful representation)」に代置することとしているが、「財務報告の目的」及び「質的特性」以外の見直しの行われていない現行概念フレームワークにおいて用いられている「信頼性」という表現もこの改訂の帰結として「表現の忠実性」に置き換えるべきかどうかというものである。
議論の結果、新概念フレームワークの冒頭の説明(rubric)で、新概念フレームワークが現行概念フレームワークに置き換わったことを明示し、さらに、「信頼性」の初出の個所で注記によって従来の信頼性の定義を示すことが暫定的に合意された。

(2) 負債の定義

1. 議論の方向性

負債の定義に関連するプロジェクトとして、概念フレームワーク・プロジェクトとは別に、資本と負債の区分を扱うプロジェクトがFASBで進行しており、2007年11月に予備的見解が公表された。これを受けて、IASBも近いうちにこの予備的見解をベースにしたディスカッション・ペーパーを公表する予定である。そこでは、資本を定義する方向で議論が進んでおり、資本を資産と負債の差額として定義する現行概念フレームワークとは異なるスタンスとなっている。これまでのフェーズBの議論では、財務諸表の構成要素の1つとして、負債を定義することとしており、これは予備的見解の議論の方向性と明らかに異なっている。そこで、今回、この議論の方向性を変更すべきかどうかが議論された。

現在の方向性に代わる代替案としては、まず財政状態計算書の貸方を広く定義し、その後、その内訳として、負債又は資本を構成する要素に分けるという方法が考えられたが、議論の結果、資本と負債の区分に関するプロジェクトは、まだディスカッション・ペーパーの段階でもあることから、従来どおり、資産と対応した形で負債の定義を検討し、FASBとの間の定義のコンバージェンスを図ることが暫定的に合意された。

2. 負債の定義

負債の定義として、現在、IASB及びFASBでは、次のような定義を有している。

IASB:「負債とは、過去の事象から発生した当該企業の現在の債務であり、これを決済することにより経済的便益を包含する資源が当該企業から流出する結果になると予想されるものをいう。」

FASB:「負債とは、過去の取引又は事象の結果として将来他の企業に対して資産を譲渡するか又はサービスを提供するというある特定の企業の現在の債務から生じる経済的便益の潜在的な将来の犠牲である。」

これらを統合するため、スタッフからは、「企業の負債とは、当該企業が強制力のある義務を有する現在の経済的負担又は要求である。」という定義が提案された。

議論の結果、スタッフからの提案について更なる検討を行うものの、次の点が暫定的に合意された。

  1. 「潜在的な将来の犠牲(probable future sacrifices)」という用語をやめ、「経済的義務(economic obligation)」を用いる。そのため、発生の確かさの評価を行うような文言を削除する。
  2. 「過去の取引又は事象」という表現を「現在の」という表現に改める。
  3. 「強制力のある義務」の特徴として、企業以外の独立した当事者の関与と企業が特定の行動を取ることを強制するメカニズムの存在があること。

このほか、負債の定義が当てはまるかどうかを判断するため、さらにいくつかの例を検討することがスタッフに指示された。また、負債の存在が不確かな場合についても将来検討することになる。

4. 公正価値測定

今回は、FASBの公正価値の定義で用いられている「市場参加者(の見方)」という用語とIASBの公正価値の定義で用いられている「取引の知識がある自発的な当事者」という用語のどちら(又はそれらを修正したもの)をIASBの公正価値測定に関する公開草案で用いるべきかについて議論が行われた。

公正価値の定義として、現在、IASB及びFASBでは、次のような定義を有している。

IASB:「取引の知識がある自発的な当事者間で、独立第三者間取引条件により、資産が交換され、又は負債が決済される価額」

FASB:「測定日において、市場参加者の通常の取引で、資産の売却で受け取る又は負債の譲渡で支払うであろう価格」

スタッフからは、両者の定義は、その趣旨において同じであり、基本的なスタンスとして、米国財務会計基準書(SFAS)第157号(公正価値測定)で用いられている「市場参加者の見方」を採用し、これに修正を加えた定義を公開草案の中で示すべきとの提案がなされた。また、この提案では、修正を加えた定義は、FASBもこれを採用するよう働きかけるものとしている。

議論の結果、「市場」の意味する内容がどの程度の広がりを持つべきか(新興市場や観察できる市場がない場合にも市場という用語を用いることが適切かなど)について、さらに検討する必要があり、現時点で定義の議論をするのは時期尚早との判断となり、この問題の検討は将来に先送りされた。

5. IAS第37号(負債、偶発負債及び偶発資産)の改訂

公開草案に対するコメントの検討が行われているが、今回は、円卓会議等で指摘された、1. IAS第37号の公開草案での改訂提案は、曖昧な規定の明確化なのかそれとも実質的な基準の改訂なのかという論点、2. 現在決済概念(current settlement notion)の合理性及び3. 現在譲渡金額(current transfer amount)及び現在決済金額(current settlement amount)は同じなのかどうかという論点の3つが議論された。

(1)規定の明確化か改訂か

現行IAS第37号には、下記に例示するような曖昧な記述があるため、公開草案では、これらを明確化するための改訂が提案されていた。これに対して、受領したコメントや円卓会議での指摘では、公開草案は、IAS第37号の規定を変更するものであり、明確化の域を超えているというものであった。IAS第37号の規定は、その曖昧さから多様に理解されており、異なる理解をしている関係者にとっては、今回の改訂提案は明確化ではなく、変更と映るかもしれないことが認識された。議論の結果、IASBが規定の明確化と考えている理由を結論の背景で更に説明することが暫定的に合意された。問題の所在及び経緯を示すと次のとおりである。

1. IAS第37号の曖昧な表現の例

IAS第37号では、引当金の測定に関して、「最善の見積もり(best estimate)」というタイトルの下で、「引当金として認識される金額は、貸借対照表日における現在の債務を決済するために要する支出の最善の見積もりでなければならない。」としている(第36項)。

これに関連して次のような曖昧な表現がある。

  1. 第37項では、「最善の見積もり」は、貸借対照表(財政状態計算書)において現在債務を決済するという「現在決済概念」であると説明しているが、第45項では、「貨幣の時間的価値の影響が重要な場合には、引当金額は債務の決済に必要と見込まれる支出の現在価値としなければならない。」と記述されており、第36項が「究極決済概念(ultimate settlement notion)」に基づいているかのような記述があり、第37項と第45項との間で曖昧さが残っている。
  2. 引当金として認識されるべき金額の見積もりに不確実性がある場合に、第39項は、測定対象の引当金の母集団が大きい場合には、起こり得る結果に確率を加重平均した「期待値」で見積もることを求めている。しかし、第40項では、「単一の債務が測定される場合は、見積もられた個々の結果のうち最も起こりそうなものが負債に対する最善の見積もりとなる。しかし、そのような場合にも、企業は他に起こり得る結果を考慮し、最善の見積もりを修正する。」と記述しており、この第一文のみを読んで、母集団が単一の場合には「最頻値(most likely outcome)」を用いることが求められていると誤解されている場合がある。しかし、第40項を全体として読めば、最頻値が利用できるのは、それが期待値とほぼ同じである場合を指していると理解される。
2. 曖昧な表現への公開草案での対応

公開草案では、上述のような曖昧な表現を明確化するため、次のような対応をしていた。

  1. 「最善の見積もり」という用語を廃止し、代えて、測定目的が現在譲渡・決済金額であることを明確にした。具体的には、公開草案では、「企業は、非金融負債を、貸借対照表日において現在債務を決済又は譲渡するために第三者に対して合理的に支払うであろう金額で測定しなければならない。」と提案している。
  2. 測定に関するガイダンスを変更して、測定目的が、究極決済金額に基づいていると誤解されそうな記述を取り除いた。
  3. 母集団が大きい債務及び単一の債務のいずれに対しても現在譲渡・決済金額を見積もる方法として、期待キャッシュ・フロー・アプローチが適切であることを説明した。

(2)現在決済概念の合理性

貸借対照表において現在債務を決済するという「現在決済概念」が負債の測定にとって有用であることを結論の背景でより明確に示すことが暫定的に合意された。そこでは次のような点が明記される予定である。

  • 現在決済概念は、究極的な決済額に対する1つのピンポイントの測定値を測定するのとは異なり、負債に関する貸借対照表日現在での適切な情報(起こり得る結果のばらつきやその発生の程度など)を反映した測定値を提供する。
  • 当該測定値は、企業の決済方法によって左右されない同一負債に対する同一測定値を提供する。
  • 負債の測定値は、究極的な結果を予言することではない。負債の測定値は、時間の経過とともに変化するが、これは、以前の測定値が間違っていたことを示すものではない。負債の貸借対照表日における測定の意味は、状況の変化につれて変わっていく負債のその時点での姿を描写することにある。

(3)現在譲渡金額と現在決済金額

1. 経緯

公開草案では、「企業は、非金融負債を、貸借対照表日において現在債務を決済又は譲渡するために第三者に対して合理的に支払うであろう金額で測定しなければならない。」と提案している。これに対して、1. 貸借対照表日において、負債を当該債務の債権者との間で決済するために支払う金額とその時点で負債を第三者に譲渡するために支払う金額とに差異があるのかどうか及び2. もし差異があるとすると、その差異はどのようなものであり、また、2つの測定金額を自由に選択できるのかといったコメントが寄せられた。

これを受けて、2006年10月にこの問題が議論され、スタッフからは、「現在の債務を決済する金額」と「現在の債務を第三者に譲渡するために企業が支払う金額」とは同じ金額を指しており、2つの異なる金額を指しているのではないという分析結果を踏まえ、混乱を避けるため、後者の表現を削除することが提案された。しかし、「現在の債務を決済する金額」という表現は「現在の債務を第三者に譲渡するために企業が支払う金額」より広く、多様な意味に解釈されるおそれがあり、さらに、期末で決済する場合には、相手方が合理的な決済額以上を求めてくる可能性もある点が認識された。他方、「現在の債務を第三者に譲渡するために企業が支払う金額」を用いると、IAS第37号では、公正価値による測定を求めているのではないかと誤解されるおそれがあり(SFAS第157号(公正価値測定)では、公正価値の定義の中で「負債の譲渡」という表現を用いている)、これにも問題があるとされた。結局結論に達せず、「現在決済概念」をより明確にする設例などを開発することがスタッフに指示されていた。

2. 今回の議論

今回改めてこの問題が取り上げられたが、スタッフからは、1. この問題を検討すればプロジェクトの進行が大きく遅れる、2. 明確にすべき点は、究極決済額ではなく現在決済金額で負債を測定することを明確にすることであり、現在のドラフトでは、これが達成されているので、現在決済金額と現在譲渡金額に関する問題を解決するために使う時間と効果が見合わないといった理由で、この問題の検討をこれ以上行わないことが提案された。議論の結果、現在決済金額と現在譲渡金額が同一かどうかという問題に何らかの回答をすべきとされ、今後さらに検討されることとなった。

6. その他

(1)プットできる金融商品

2007年11月にこのプロジェクトに関して開催された円卓会議での議論を受け、そこで指摘された問題が議論された。今回、これらについての対応が完了したので、最終基準に向けたドラフトを作成することがスタッフに指示された。ボードメンバーに対して、この基準案に賛成するかどうかが問われ、2名のボードメンバーが反対の意向を示した。

(2)退職後給付

今回は、ディスカッション・ペーパーのドラフトに対してボードメンバーから寄せられたコメントについて議論された。
議論の結果、次の点が暫定的に合意された。なお、以下で述べる「拠出ベース約定(contribution-based promise)」とは、これまで議論してきた確定拠出約定と確定リターン約定の2つの概念を統合したものである。

  1. 拠出要素と保証された固定リターンを持つ約定は拠出ベース約定として分類するという予備的見解を変更しない(あるボードメンバーから変更すべきと提案されたために議論が行われた)。
  2. 退職後に既知の金額を定期的に支払う約定は、拠出ベース約定として取り扱うという予備的見解を追加する。
  3. 確定拠出約定は、拠出ベース約定として扱うという予備的見解を変更しない。
  4. 拠出ベース約定に係る費用を包括利益計算書上でどのように分解・表示するかに関する記述を充実させる。この記述には、拠出ベース約定と確定拠出約定の分解・表示との比較を含むこととする。
  5. 制度資産に係る期待リターンという概念を削除するという予備的見解を変更しない。
  6. 確定拠出約定の包括利益計算書上での表示に関する3つのモデルの1つ(財務上の仮定に関する再測定から生じる損益をその他の包括利益で表示する案)において、制度資産からの利息収入を識別する際に帰属利息収入(imputed interest income)を用いることに関する議論を充実させる。

(3)認識の中止

この問題に関するリサーチ・レポートの内容についての議論が進んでいる。レポートでは、まず、公正価値で測定されている金融資産の認識の中止に関する原則を明確にする。認識の中止のための原則は、資産の定義を満たさなくなった時点で金融資産としての認識を中止するというものである。しかし、認識の中止が行われなかった金融資産の経済的便益がある現在債務の決済にのみ用いられるような状況にある場合には、この両者を紐付けて表示することによって、金融資産と負債との関係を示すことができるリンク・プレゼンテーションが適用される。

リンク・プレゼンテーションのための原則は、当初「報告日に、企業が、金融資産の経済的便益を認識されている現在債務の決済に利用する無条件の約束を有している場合には、企業は、リンク・プレゼンテーションを適用しなければならない」とされていたが、今回これを簡素化して、「リンク・プレゼンテーションは、報告日に、企業が、金融資産によって生成された経済的便益を用いて金融負債を決済する義務を負っているときには適用しなければならない」というものが提案された。 今回は、リンク・プレゼンテーションに関する2つの方法(詳細は省略)について議論が行われたが、両者の差異がわかりにくく、議論は進展しなかった。このため、合意された事項はない。

以上
(国際会計基準審議会理事 山田辰己)

*本会議報告は、会議に出席された国際会計基準審議会理事である山田辰己氏より、議論の概要を入手し、掲載したものである。