国際会計基準審議会(IASB)の第70回会議が、2007年7月17日から20日までの4日間にわたりロンドンのIASB本部で開催された。今回の会議では、1. 概念フレームワーク(財務諸表の構成要素と認識、及び測定)、2. 退職後給付(国際会計基準(IAS)第19号(従業員給付)の改訂)、3. 国際会計基準(IAS)第37号(引当金)の改訂、4. 新設親会社を含むグループ内再編への対応(IAS第27号(連結及び分離財務諸表)の改訂)、5. 米国会計基準との短期統合化(ジョイント・ベンチャー、法人所得税及び1株当たり利益)、6. 公正価値でプットできる金融商品、7. 国際財務報告基準(IFRS)第2号(株式報酬制度)の改訂、8. 国際財務報告基準(IFRS)の年次改善(9項目)及び9. 国際財務報告基準解釈指針委員会(IFRIC)の活動状況についての検討が行われた。今回教育セッションはなかった。
IASB会議には理事10名が参加した(マグレガー氏及びエングストローム氏は欠席、欠員の理事が2名)。なお、中国から初めて選ばれたジャン氏が今回から出席した。本稿では、IASB会議の6. から9. を除く議論の内容を紹介する。
今回は、1. 財務諸表の構成要素及び認識、2. 測定及び3. 報告企業に関するディスカッション・ペーパーの公開期間の3点が議論された。
今回、フェーズBで検討されている財務諸表の構成要素及び認識に関連して、次の点が議論された。
現在検討されている資産の定義案は次の通りである。
資産は、企業が現在の権利又は他の特権的アクセスを有している現在の経済的資源である。
上記の定義案について、米国財務会計基準審議会(FASB)の基準諮問会議及び小規模事業諮問会議、基準諮問会議(SAC)、アメリカ会計学会(AAA)、各国会計基準設定主体及び特定の個人(日本からは住友商事の鶯地隆継氏が参加)からヒアリングが行われた。
ヒアリングの全体的な反応は、新たな定義は、現在の定義より内容の改善が図られているというものであったが、定義の内容について種々のコメントが寄せられた。
資産の定義の検討はかなり進んでいるものの、負債の定義に関しては、現在FASBが進めている負債と資本の区分に関するプロジェクトが完成するまでその検討を終了できない状況にある。また、これらの定義を完成させるには、会計単位、認識及び認識の中止といった項目についての検討も必要である。そこで、資産、負債の定義に関する検討を一時中断に、これらの開発に情報をもたらすかもしれない会計単位、認識及び認識の中止に関する検討を始めることがスタッフから提案された。
議論の結果、スタッフに対して、新たな論点についての検討を始める前に、現在の資産の定義についてできるだけの検討を行うことを指示することが合意された。特に、新たな定義が現在の定義を改善していることを明らかにするために、多くのタイプの資産に対して、新旧の定義を適用して、その差異を検討することがスタッフに対して指示された。
測定は、3つの段階で進めることとしており、1. 第1段階は測定属性の定義及び特性の検討し(これは、2007年の前半でほぼ終了)、2. 第2段階は、測定概念及び測定原則の明確化を通して測定ベースの候補を評価する。そして、3. 第3段階は概念的な結論及び実務上の適用問題の検討が予定されている(第3段階の収量は2010年半ばころ)。今回は、第2段階の初めての議論が行われた。今回は議論のみで、暫定的な合意は形成されていない。
今回、測定の特徴を理解するため、見積り(estimation)、計算(calculation)、配分(allocation)及び予測(forecasting)といった用語の間の差異の明確化の議論が行われ、次いで、測定の定義案(記述は省略)、さらに、測定原則として次の6つの原則が議論された。ここでは、スタッフから提示された測定原則を紹介する。
測定原則 | 特徴 |
単一属性(Single Attribute) | 対象又は事象それ自体を測定することはできず、測定できるのは、対象又は事象の属性、関係、外形、外観のみが測定可能である。資産又は負債は測定できないが、資産又は負債の属性は測定可能である |
現在の期間 (Present Timeframe) | 測定は、現在時点でのみ行われる。 |
観察可能性(Observability) | 観察可能なもののみが測定が可能である。 |
不正確性(Inexactness) | 測定は、その特質から言ってもともと正確ではない。 |
変動性(Variability) | 測定は、置かれた状態によって変動し得る。 |
不変性(Invariance) | 良い測定に求められる特性は、他の要素に関係なく、もたらされる対象間の比較が、同じ、又は不変でなければならないというものである。 |
測定原則は、測定そのものが持つ特徴を記述しているといえ、資産及び負債の複数の測定ベースの候補を評価するための規準とはなっていない。測定ベースを評価するための評価規準として、スタッフからは、次の3つが提示された。
これらを用いて、別表に示されている測定ベースの候補を評価し、資産及び負債の測定ベースとして何が適切かを判断していくことになる。今回は、上記3つの規準についての理解を深めるための議論のみが行われた。
過去 |
1. 過去入口価格 (Past entry price)
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2. 過去出口価格 (Past exit price)
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3. 修正過去金額 (Modified past amount)
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現在 |
4. 現在入口価格 (Current entry price)
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5. 現在出口価格 (Current exit price)
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6. 現在均衡価格 (Current equilibrium price) |
7. 使用価値(Value in use) |
将来 |
8. 将来入口価格 (Future entry price)
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9. 将来出口価格 (Future exit price))
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近いうちに公表予定のフェーズD(報告企業)の公開期間を120日とすることが合意された。
今回は、キャッシュ・バランス・プランに関連して、1. 給付約定の定義の見直し、2. 「いずれか大きい方」という規定のある給付約定の会計処理、3. 確定リターン約定の構成要素への分解、4. 退職後給付ワーキング・グループでの議論及び5. 従業員が退職するときにおける権利確定済給付支払義務の取扱いの5つの論点が議論された。ここでは、1. から3. の内容を紹介する。
3つの給付約定の定義の見直しが行われた。その結果は別表のとおりである。今回の議論の中で、確定拠出約定は、雇用者が約定したリターン義務を持たない確定リターン約定ととらえることができるため、確定拠出約定と確定リターン約定を1つにまとめられないかを検討することがスタッフに指示された。また、確定給付約定の定義を確定拠出約定と確定リターン約定以外の約定という定義としておくことでよいのかどうかについても検討することが指示された。
3つの約定 | 定義 |
確定拠出約定 (defined contribution promise) |
確定拠出約定は、雇用者に分離されたファンドに特定の拠出金の支払いを義務付ける。雇用者によるこれらの支払いは、その義務を消滅させる。これらの約定は、IAS第19号の確定拠出型制度の規定によって会計処理される。 |
確定リターン約定 (defined return promise) |
確定リターン約定は、拠出又は非拠出で、雇用者に次から構成される給付の支払いを義務付ける。
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確定給付約定 (defined benefit promise) |
それ以外の約定は、確定給付約定である。特に、確定給付約定は、サービス又は給与に従って変動するか、又はその支払過程において雇用者に対する人口統計上のリスクを含んでいる。これら約定に対する負債は、IAS第19号の確定給付建制度の規定によって会計処理される。 |
給付約定の中には、確定リターン約定と確定給付約定のいずれか大きい方を給付するという規定のある給付約定がある。これらは、確定拠出約定でも確定リターン約定でもないため、定義上は、確定給付約定として予測単位積増方式で会計処理されることになる。このため、「いずれか大きい方とすることができるオプション」の価値が無視されることになる。このため、このようないずれか大きい方を給付するという規定のある給付約定をどのように取り扱うかが議論された。
議論の結果、次の点が暫定的に合意された。
確定リターン約定は、現在給与に基づく拠出金要件と拠出金に対する約定リターン(資産又は指標の変動にリンクするもの)に二分される。構成要素ごとに会計処理をどのように行うかが議論された。
議論の結果、次の点が暫定的に合意された。
今回は、主として、これまでの議論のまとめが行われ、今後検討しなければならない問題点の明確化が図られた。議論された論点は、1. 負債とビジネスリスクの区分、2. 待機債務、3. 現在債務の存在の不確実性及び4. 推定債務の4つであった。
企業は、事業を展開するにあたって様々なリスク(ビジネスリスク)を抱えている。ビジネスリスクと負債とを識別する鍵となる概念は何かを検討することがここでの論点である。特に、訴訟を提起されたことは負債を認識すべき事象であるかどうかがこの問題の焦点であった。これまでの議論では、負債が存在するためには、現在債務(present obligation)が存在していなければならないということについては、暫定合意が成立している。このことは、次のようなことを意味している。
残された問題は、1. 現在債務の定義の中にある「あるとしても、自由裁量権がほとんどない(little, if any, discretion)」という用語の意味の明確化及び2. 現在債務の存在のためには、「外部の当事者が企業に対して特定方法で行動することを要求することができる強制力のある権利を作り出す仕組み」が必要とされるが、このような仕組みとは何かの明確化の2点である。
待機債務は、IAS第37号の改訂公開草案では次のように記述されている(第22項)。
「ある場合には、負債を決済するために要求される金額が1つ又はそれ以上の不確定な将来事象の発生又は不発生に依存している(条件となっている)としても、企業は負債を有している。そのような場合には、企業は、過去の事象の結果として、無条件債務及び条件付債務という2つの債務を負っている。」企業は、もし不確定な将来事象が起こった場合(起こらなかった場合)に条件付債務を履行するために待機しているという無条件の債務を有しているため、待機債務は、ビジネスリスクではなく、負債に該当する。また、待機債務という概念は、外部の当事者が、企業に対して、将来、特定方法で行動することを要求することができる強制力のある権利を有しているが、当該外部当事者が権利行使を行うことができる状況が生じないかもしれないし、又は、当該外部当事者が権利を行使しないことを選択するかもしれない、という状況における現在債務を説明している、という点についても暫定的に合意されている。このように、待機債務は、将来の不確定な事象の発生又は不発生によって債務の履行の有無が決定されるという側面はあるが、それらが起これば履行を行うために待機しているという意味で現在の債務として存在している。すなわち、債務として存在している点については、疑問の余地がないものである点が重要である。なお、待機債務概念は、契約がある場合のみならず契約がない状況にも適用できるという点が暫定的に合意されている。
今回の議論では、このようなこれまでの暫定合意が再確認された。
この論点では、1. 現在債務の存在がはっきりしない事態がどのようなときに起こるか及び2. 現在債務が存在しているかどうかを判定するためのガイダンスの2点について議論が行われた。
現在債務の存在がはっきりしない事態がどのようなときに起こるかについては、2007年5月に議論が行われ、次のような質問に該当する状況で生じる可能性があるという点が暫定的に合意されていた。今回この点が改めて確認された。
特に、上記(b)では、2007年5月に、ハンバーガーの販売の例を取り上げたが、これについて、さらに検討することがスタッフに指示された。例は、消費者が汚染されたハンバーガーを購入した場合、売主が購入した消費者それぞれに対して100,000ポンドの補償金を支払うことを法律が義務付けている地域において、ある企業(売主)がハンバーガーを販売しているというものである。そして、売主が販売したハンバーガーは100万個に1個の割合で汚染されているという経験値があると仮定されている。このようなとき、貸借対照表日現在で1個のハンバーガーを売った場合、そのハンバーガーが汚染されていたかどうかは、期末時点に存在しているはずの事象であるが、その事実が期末現在では判明していないという状態にある。このようなときに、現在債務が存在していると見るかどうかについては、ボードメンバーの意見は分かれている。この点の明確化が指示された。
現在債務が存在しているかどうかを判定する方法として、1. 現在債務の存在を判断するための指標を明示し、これを検討して現在債務の存在に関する判断を行う及び2. 債務の存在の蓋然性が50%超の場合に現在債務が存在していると判定するという2つの方法が検討された。
(a) 現在債務の存在を判断するための指標
現在債務の存在を判定するための指標として、次のようなものがスタッフから提案された。
議論の結果、このような判断のための指標を明示することが合意された。なお、これらの内容を更に説明するために、適用ガイダンス又は例示を示すことを検討することがスタッフに指示された。
また、指標がチェックリストのように利用されることを防ぐため、1. 記載された指標はすべてが網羅された包括的なリストではない点、2. 現在債務が存在するかどうかについての結論を出すには判断が必要である点、さらに、3. 判断を行うには、入手可能なすべての証拠を勘案しなければならない点、そして、4. 指標は、現在債務が存在するという結論に達するために、満たさなければならない最低限の条件を示したリストとして用いられるべきではない点を最終基準で明示することが暫定的に合意された。
(b)現在債務の存在を判定するための蓋然性規準の再導入
現在債務の存在を判断するための指標を示すほか、蓋然性規準を再度用いるかどうかが議論されたが、ボードメンバーの意見は二分されたままであった。
IAS第37号の改訂公開草案では、推定債務を次のように定義している(第22項)。
「推定的債務とは、次のような時に、企業の過去の行動から発生する現在債務をいう。
推定債務の議論においては、法的強制力がない場合において推定債務が債務となるためには何が必要かという点を明確にすることが最大の論点だと認識されている。この問題を解決するための可能性として、次の3つの可能性を検討することが2007年5月に暫定的に合意された。
今回、これらについての議論が行われ、その結果、次の点が暫定的に合意された。
ある国では、銀行業を営む企業を親会社とし、保険業などを傘下に置く金融グループ内で銀行業を営む親会社の負うべきリスクを銀行業に限定するため、新設親会社を創立し、保険業のリスクを銀行業行う親会社から分離することを推奨している。この結果、従来の親会社は、新設親会社の子会社となる。このようなグループ内再編に対してIAS第27号を適用すると、IAS第27号第37項では、親会社の分離財務諸表においては、子会社への投資を原価法又はIAS第39号に基づいて会計処理しなければならないと規定しているため、次のような事態となる。新設親会社が原価法を採用した場合、新設親会社が取得する子会社の株式は、対価として発行された新設親会社の新株の公正価値で測定される。発行された新設親会社の新株の公正価値は、この取引で新設親会社が受け取った価値で測定されるため、結果として、旧親会社が保有するグループ全体の公正価値で測定されることになる。新設親会社を用いたグループ再編では、グループ内での財政状態などは再編の前後で変わっていないのに公正価値で測定されることとなる。このような事態を避け、簿価で引き継ぎが行われるようにするために、ある限定されたグループ内再編の場合には、IAS第27号第37項を適用しないという限定的な改訂をIAS第27号に対して行うことが暫定的に合意された。
米国会計基準との短期統合化プロジェクトのうち、1. ジョイント・ベンチャー、2. 法人所得税及び3. 1株当たり利益の3つについて議論が行われた。ここでは、1. 及び2. について解説する。
企業結合の第2フェーズでは、株式の段階取得及び支配喪失時などに関連する改訂を行っている。特に、支配喪失後も保有持分が残る場合には、残存部分は支配喪失時の公正価値で再測定され、簿価との差額は当期利益で認識される。この考え方は、「重要な影響」を失った場合(関連会社から外れた場合)及び共同支配を失った場合(ジョイント・ベンチャーでなくなった場合)においても適用され、残存持分がある場合には、それらはその時点の公正価値で再測定され、簿価との差額は当期利益で認識される扱いとなっている。
ところが、現在進めているジョイント・ベンチャーの会計処理の見直しでは、2つの選択肢(比例連結及び持分法)のうち、比例連結を削除して持分法のみによって会計処理することが暫定的に合意されている。そのような改訂が行われると、共同支配を喪失しても重要な影響を有している場合には、喪失前後で同じ持分法が適用されるため(喪失前はジョイント・ベンチャーとして、喪失後は関連会社として、持分法が適用される)、共同支配喪失時に残存持分を公正価値で再測定して損益を当期利益で認識することが妥当かどうかという疑問がボードメンバーから提起され、議論が行われた。
議論の結果、同じ持分法が継続して適用されることから、共同支配を喪失しても重要な影響を有している場合には、共同支配喪失時に残存持分を公正価値で再測定して損益を当期利益で認識することを求めないことが暫定的に合意された。
このほか、今回のジョイント・ベンチャーの会計処理の見直しは、IAS第31号(ジョイント・ベンチャー)の改訂という形ではなく、新たなIFRSの設定として提案することが暫定的に合意された。
公開草案を公表するまでに解決しなければならない1. 税額控除及び投資税額控除、2. 特別控除、3. 繰延税金資産及び繰延税金負債の測定に適用する税率及び4. 繰延税金資産及び繰延税金負債の測定に適用する分配税率又は未分配税率について議論が行われ、次のような点が暫定的に合意された。
上記2つの場合、将来の分配の予測の決定の際には、企業は、予見できる将来に分配を行う意図と能力を有していなければならない。そのような意図と能力がない場合には、将来の分配を見込んではならない。
以上
(国際会計基準審議会理事 山田辰己)
*本会議報告は、会議に出席された国際会計基準審議会理事である山田辰己氏より、議論の概要を入手し、掲載したものである。