IASB(国際会計基準審議会)の第64回会議が、2007年1月23日から25日までの3日間にわたりロンドンのIASB本部で開催された。今回のIASB会議では、1. 企業結合第2フェーズ、2. 財務諸表の表示(セグメントB)、3. 金融商品(現行金融商品会計基準の置換)、4. 国際会計基準(IAS)第37号(引当金)の改訂、5. 保険会計、6. 資本と負債の区分プロジェクト、7. 関連当事者取引開示(IAS第24号(関連当事者の開示)の改訂)、8. 米国会計基準との短期統合化(法人所得税)、9. 国際財務報告基準(IFRS)第2号(株式報酬制度)の改訂、10. 公正価値でプットできる金融商品(IAS第39号(金融商品:認識及び測定)の改訂)、11. 中小規模企業(SME)の会計基準、12. 公正価値測定、13. 無形資産、14. 経営者による説明(Management Commentary)及び15. 国際財務報告基準解釈指針委員会(IFRIC)の活動状況についての検討が行われた。教育セッションはなかった。会議には理事14名が参加した。本稿では、1. から5. の議論の内容を紹介する。
今回は、1. 非支配持分とのれん、2. 偶発資産及び偶発負債、3. 従業員給付制度、4. 評価引当金及び5. 繰延税金資産及び負債の5項目が議論された。
企業結合に伴うのれんの認識に関しては、購入のれん説(親会社部分のみを認識)と全部のれん説(親会社部分と非支配持分部分の合計を認識)という2つの考え方がある。米国財務会計基準審議会(FASB)では、大多数が全部のれん説を支持しているが、IASBの中では購入のれん説を支持するボードメンバーも多い。そこで、2006年10月からは、のれんの認識という論点から議論するのではなく、非支配持分の測定属性という観点から議論されている。
2006年12月には、非支配持分を公正価値で測定するという原則を最終基準で明確にするということが暫定的に合意された(9対5)。また、同時に、公正価値による測定という原則に例外を設けることが暫定的に合意された(9対5)。それに伴い、この例外をどのようなものとするか、また、例外を設けることで企業結合により取得又は引受けた資産及び負債を公正価値で測定するという原則にどのような影響を及ぼすかについて、検討することがスタッフに指示された。
これを受けて、今回スタッフからは、次のような提案がなされた。
議論の結果、上記(a)については、スタッフ提案が暫定的に合意されたが、(b)については、どのような形で選択を認めるのか(ある場合には公正価値による測定を強制するのか、それとも会計方針として選択を求めるのか)について、更に検討することがスタッフに指示された。
IFRS第3号(企業結合)の中で記述されている偶発負債をどのように取り扱うかが議論された。IAS第37号の改訂プロジェクトでは、偶発資産及び偶発負債という概念を削除することが議論されているが、同プロジェクトの完成が企業結合プロジェクトよりも遅くなることが確実なため、両者の関係をどう整理するかが議論された。議論の結果、企業結合プロジェクトを先行して完成させることとするが、IAS第37号改訂プロジェクトでの議論をできるだけIFRS第3号の改訂の中に取り込むことが暫定的に合意された。具体的には、次のように取り扱うことが暫定合意された。
なお、将来IAS第37号改訂プロジェクトが完成する際には、IFRS第3号改訂基準の上記取扱いに関するガイドラインは見直されることになる。
公開草案では、退職後給付債務のみを企業結合時における公正価値測定の例外とすることを提案している。今回、IAS第19号(従業員給付)の他の給付(短期従業員給付、その他の長期従業員給付及び解雇給付)に対しても例外を拡大すべきかどうかが議論された。
IAS第19号では、1. 短期従業員給付は割引現在価値で測定することが求められておらず、また、2. その他の長期従業員給付(長期有給休暇、長期勤続手当及び長期障害手当等)は、給付建債務の現在価値から当該債務が直接決済される制度資産の公正価値を差し引いた純額として測定される。このため、企業結合時に公正価値で測定し、その後IAS第19号に基づいて測定されると、企業結合直後に損益が生じるという不都合が生じてしまう。これは、退職後給付に起こる事態とまったく同じであるため、議論の結果、企業結合時の公正価値による測定の例外をIAS第19号全体に拡大することが暫定的に合意された。
公開草案では、企業結合で取得した債権は、その時点の公正価値で測定することとしている。これに対して、金融機関等から、取得した債権の当初の取得価額とそれに対する評価引当金を両建てすることを認めるべきだとの意見が寄せられ、それを認めるかどうかが議論された。金融機関等がこのようなことを求めるのは、債権の回収可能性に関する情報を示すことが投資家の意思決定に有用であると考えるからである。また、自社が作り出した債権と企業結合で取得した債権の処理が異なるとシステム変更に多大な費用がかかることも指摘された。
議論の結果、公開草案での考え方が再確認された。しかし、債権の回収可能性に関する情報(企業結合で取得した債権の発生当初からの歴史的パフォーマンス等)を示すことが投資家の意思決定に有用である点を踏まえて、債権の表示及び開示のあり方について、更に検討することがスタッフに指示された。なお、企業結合で取得した債権の当初測定に当たって、どのような単位で測定を行うか(測定単位)については最終基準では触れないことが暫定的に合意された。
公開草案では、企業結合によって取得された繰延税金資産及び負債は、公正価値ではなくIAS第12号(法人所得税)の規定によって測定することとされている。今回は、これを中心に下記5点について議論が行なわれ、暫定的な合意が形成された。
今回は、セグメントBの検討が行なわれ、1. 廃止事業の定義、2. 包括利益計算書の区分表示(機能別か性質別か)、3. 複合企業(hybrid entity)の財務諸表の様式及び4. 資本変動計算書及び資本関連問題の4点について議論が行なわれた。
IFRS第5号(売却目的で保有される非流動資産と廃止事業)では、廃止事業を「処分された又は売却目的で保有されている事業体の構成要素(component of an entity)で、かつ、
さらに、「企業の構成要素」は、「営業上及び財務報告目的上事業体のその他のものから明確に区分できる営業及びキャッシュ・フロー」と定義されている。
今回議論されたのは、1. 廃止事業の定義及び2. 事業体の構成要素の処分に関する注記開示の2点であった。
定義にあるように、廃止事業は「企業の構成要素」である点についてはFASBとIASBで異なっていないものの、具体的にどのようなものが該当するかについては同じではなく、それらを同じにするための議論が行われた。議論では、独立した主要なビジネスライン又は事業の地域(IFRS第5号の廃止事業の定義に含まれる概念)、のれんが管理されている最小の単位でセグメントより大きくないレベル(IAS第36号(減損)でのれんの配賦される単位として示されているもの)といったものが検討された。議論の結果、企業結合の構成要素の処分で廃止事業として報告すべき構成要素は、IFRS第8号(事業セグメント)で定義されている事業セグメントに該当する場合だけとすることが暫定的に合意された。
なお、事業セグメントは、IFRS第8号では、「事業体の構成要素で、
財務諸表の本表上で廃止事業を報告することに加えて、廃止事業として区分表示されなかった事業体の構成要素の処分に関する情報を開示することが有用かどうかについて議論され、議論の結果、財務諸表の本表上で廃止事業として報告されているか否かにかかわらず、IFRS第5号で定義される「事業の構成要素」の処分に関する情報の開示を求めることが暫定的に合意された。これに関連して、開示されるべき情報として以下も含めてどのようなものがあるかについて検討を行うようスタッフに指示された。
また、開示されるべき注記情報の期間は、表示されている全ての会計期間とすることが暫定的に合意された。
包括利益計算書上、収益費用を企業活動に対する機能(売上原価、販売管理費等)に基づいて表示するか、収益費用の性質(労務費、原材料費、減価償却費等)に基づいて表示するかが議論され、機能別で表示することが暫定的に合意された。また、さらに、機能別に表示された費用の性質別の内訳情報を、包括利益計算書又は注記のいずれかで事業体が開示すべきことも暫定的に合意された。また、機能別の情報の表示が目的適合的(relevant)ではない場合(例えば、事業体が主としてサービスを提供している)ときには、費用の性質に基づいて包括利益計算書の表示をすることができることも暫定的に合意された。
金融業と非金融業の両方を営む事業体や小売業と製造業に携わる事業体のように、異なる事業を営んでいる事業体に、現在検討中の作業様式や関連する分類規準(表示項目を営業・投資・財務といったカテゴリーに分類する際の規準)をどのように適用するかについてディスカッション・ペーパー(以下、「DP」という)でどの程度触れるべきかの検討が行われた。議論の結果、今回公表するDPにおいてこの問題を詳しく取り上げる必要性は必ずしもないと判断され(また、取り上げればDPの公表時期が遅れることも懸念され)、大きく異なる複数の事業を営む企業が分類規準をどのように適用するかに関する概括的な問題についての予備的見解を提示すべきという点が暫定的に合意された。
この部分では、次のような点が暫定的に合意された。
このプロジェクトは、金融商品に関する現行の会計基準を全面公正価値の採用によって置き換えるという長期的なプロジェクトであり、2006年2月にIASBとFASBが公表した覚書(Memorandum of Understanding)に基づいて、2008年までにデュー・プロセス文書の公表が目標とされているものである。デュー・プロセス文書では、できるだけIASBの予備的見解を示すこととなっており、そのための議論が進められている。
今回は、認識と測定に関して、1. 担保付負債及び第三者の契約による保証及び規制当局の法的保証が付いた負債の借手から見た測定及び2. ヘッジ会計について議論が行われた。
担保付負債の担保及び第三者の契約による保証が付いた負債における第三者の保証が発行者(借手)の負債の測定に当たって、どのように影響するかが議論された。
議論の結果、担保付負債の担保は、それが負債の決済の可能性及びタイミングに影響するのであれば、借手にとっても貸手にとっても負債の公正価値に影響することが暫定的に合意された。一方、第三者の契約による保証が付いた負債における第三者による保証は、当該保証が借手による将来の支払いに影響しない限り、借手の負債の測定には影響しないことが暫定的に合意された。
また、預金保険のような規制当局等の法的保証の付いた負債の場合、当該保証の影響は、借手の負債の測定に反映させるべきことが暫定的に合意された。
このプロジェクトでは、デュー・プロセス文書の対象となる金融商品はすべて公正価値で測定し、その変動を損益として認識することが前提となっている。その上で、ヘッジ会計という形で通常の会計処理の原則に例外を設ける必要があるかどうかが議論された。
議論では、次のようなヘッジ対象が検討された。
議論の結果、次の点について暫定的に合意された。
今回は、2006年11月から12月にかけて、米国、英国及びオーストラリアで行なわれた円卓会議で受け取ったコメント(特に、公開草案に対するコメントを受領した後に負債の認識及び測定に関して検討した事項に対するコメント)の分析及びそれを踏まえた今後の検討スケジュールについて議論された。
円卓会議では、IASBがなぜ今IAS第37号を改訂するのかという点に対して疑問が提示された。すなわち、1. 現時点でIAS第37号を改訂しなければならないほどの他のIFRSとの矛盾が存在しない、2. 改定提案は議論と更なる発展のために役立つものの、概念フレームワーク及び収益認識といった他のプロジェクトと同時に進行させるべきであるとの指摘が寄せられた。IASBは、本プロジェクトで対応すべき問題と他のプロジェクトで対応すべき問題との間には重要なリンクがあることは承知しているものの、このプロジェクトは他のプロジェクトの完成を待つことなく進めるべきであることが暫定的に合意された。
本プロジェクトの目的は、負債の認識原則(すなわち、「偶発負債」と現在記述されている概念の分析)を明確にすることであることを前提に、円卓会議での議論を踏まえて、今後さらに検討すべき論点として、次のものが合意された。
今後の検討スケジュールが承認されたが、そこでは、上記6項目の議論を最優先することとされている。そのため、公開草案の他の検討項目(偶発資産、補填に対する権利、リストラ引当金、解雇給付及び赤字契約等)の議論は2008年まで行われないこととなる。さらに、このタイムテーブルでは、フィールドビジット、再公開に関して議論し、また、提案の費用対効果について検討する時間も取ることとされている。最終的な基準化は、2008年第3四半期又は第4四半期が予定されている。
今回は、1. 有配当契約及び2. ユニバーサルライフ契約についての議論が行われた。ディスカッション・ペーパーは、2007年3月に公表される予定である。
ここでの論点は、有配当契約に基づく将来の配当が負債の定義を満たし、負債として認識できるかどうかである。これまでの議論では、IAS第37号の改訂公開草案で提案された新たな推定債務の考え方は、従来のものに比べてより厳格な要件を求めており、ほとんど法的債務と変わらない程度の確実性が求められている。そのため、新たな推定債務の定義の下では、有配当契約に基づく将来の配当は、負債に該当しない可能性が高く、資本の部で表示することになるおそれがあり、この点が、負債に該当する(負債とすべき)と考える実務界との間で論点となっている。
今回の議論では、保険会社が保険契約者に対して配当を支払う法的又は推定債務を有している場合には、有配当契約は負債を生むという点が暫定的に合意された。特に、有配当契約の内容は各国によって異なっており、有配当契約締結時に保険会社が配当支払い義務を有しているかどうかは、有配当契約の内容と推定債務の定義いかんによって個別に判断されることとなる。ディスカッション・ペーパーでは、推定債務の現行の定義が有配当契約に適切であるかどうかについても記述される予定である。
ユニバーサルライフ契約では、保険契約者が支払う保険料を決定する裁量権が保険契約者にある。そのため、保険負債の見積りに当たり、いろいろな保険料のキャッシュ・フロー・シナリオを予測しなければならない。その際に、保険契約者勘定に適用される金利の決定には保険会社に大きな裁量権がある。そのため、各シナリオに適用される金利として、1. 契約上要求される最低金利を用いるか、2. 保険会社が適用すると予測する金利を用いるかが論点となっている。今回、保険会社が適用すると予測する金利を用いることが暫定的に合意された。将来保険料が保険契約者から支払われるかどうかに関しては、保険契約者が現在の条件で保険を継続できることが保証されるための保険料を支払い続けることを前提に、将来保険料を見込んだ保険負債の計算が行なわれる。ユニバーサルライフ契約に対して、この考え方をどのように適用するかについては、ディスカッション・ペーパー公表までに詰める必要はなく、公表後にスタッフが検討することが了解された。
以上
(国際会計基準審議会理事 山田辰己)
*本会議報告は、会議に出席された国際会計基準審議会理事である山田辰己氏より、議論の概要を入手し、掲載したものである。