ASBJ 企業会計基準委員会

2011年 世界会計基準設定主体(WSS)会議報告

Ⅰ はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は、2002年11月から毎年、世界各国の会計基準設定主体との意見交換のための世界会計基準設定主体会議(World Standard Setters Conference:以下「WSS会議」という。)を英国ロンドンで開催している。今回は、2011年9月15日(木)及び16日(金)に開催され、約50カ国・地域の会計基準設定主体や関係機関から100名超が参加する会議となった。会議全体の議長は、Amaro Gomes IASB理事が務め、他にもIASBから、Hans Hoogervorst議長やIan Mackintosh副議長を始め、多くの理事やディレクター、スタッフが参加し、各セッションで議長やプレゼンターを務めていた。

企業会計基準委員会(ASBJ)からは、西川委員長、加藤副委員長、野村委員及び吉岡研究員が参加した。以下、会議の概要を紹介する。

Ⅱ 2011年WSS会議

1.概要

今回のWSS会議の議題は次の表のとおりである(*1)。

日時 議題
9月15日 Hoogervorst IASB議長による挨拶
経験の共有-地域基準設定主体グループの設立

IASBの将来のアジェンダ

  • プロジェクトアップデート
  • 小グループに分かれての議論
  • 各グループからのフィードバック

適用後レビュー

  • プロジェクトアップデート
  • 小グループに分かれての議論
  • 各グループからのフィードバック
9月16日

(早朝セッション(*2))

  • IFRS解釈のプロセスと適用
  • 中小企業(SME)向けIFRSの導入
  • XBRL IFRSタクソノミー
横断的な測定に関する論点

個別セッション①

  • 新基準及びスタッフドラフトのアップデート(IFRS第9号)
  • 小規模グループディスカッション(概念フレームワーク、連結:投資企業、排出量取引、開示)

個別セッション②

  • 新基準及びスタッフドラフトのアップデート(IFRS第10号、IFRS第11号、IFRS第12号、IFRS第13号、収益・リースプロジェクト)
  • 小規模グループディスカッション(概念フレームワーク、連結:投資企業、排出量取引、開示)

2.Hoogervorst IASB議長による挨拶

会議の冒頭、David Tweedie前議長に代わり2011年7月から新たにIASBの議長となったHans Hoogervorst議長から挨拶のスピーチが行われた。

足元で続く金融危機に触れ、会計基準設定においても依然多くの作業が必要であるとし、金融危機の克服に向けた国際的なレベルでの協働が必要であるとされた。また、次のような点も強調された。

  • グローバルな会計基準への移行には、一部に慎重な意見もあるが、多くの国は既に国際財務報告基準(IFRS)の適用を進めており、この流れを止めることは難しいであろう。
  • 各国会計基準設定主体(NSS)との関係について、IFRS開発は象牙の塔のプロセスではなく協働作業であり、NSSが重要な役割を担う。将来のアジェンダへもNSSのインプットが重要である。

3.経験の共有-地域基準設定主体グループの設立

Hoogervorst議長のスピーチに続くセッションでは、今年新たに設立されたグループを含む、以下の会計基準設定主体グループについて活動状況の報告がなされ、質疑応答が行われた。 

  • アジア・オセアニア会計基準設定主体グループ(AOSSG)
  • 全アフリカ会計士連盟(PAFA)
  • ラテンアメリカ会計基準設定主体グループ(GLASS)
AOSSGについて

西川委員長(AOSSG議長)より、アジア・オセアニア会計基準設定主体グループ(AOSSG)の設立経緯やこれまでの活動状況、将来のビジョンについての説明がなされた。

AOSSGは、アジア・オセアニア地域の急速な発展とIFRSの適用やコンバージェンスを進める国や地域の増加を背景に、グローバル化する財務報告基準に関する知識を互いに活用するとともに、基準の適用に関する経験を共有するため、2009 年に設立された。

IFRSの適用やコンバージェンスについてステージの異なるさまざまな国が集まって構成されており、これまでの活動として、各種のテーマについて行っているIASBに対するコメントレターの送付や調査研究結果の提供などが紹介された。また、当面の活動として、メンバーの能力の強化やIASB等とのコミュニケーションの拡充、外部の利害関係者との関係の強化を図る予定であるとされ、さらに、将来のビジョンとして、次のような項目を考えているとの説明がなされた。

  1. ①グローバルな会計基準設定において指導的な役割を担うこと
  2. ②主体的に調査研究を行っていくこと
  3. ③IFRSの整合的な適用を確保するために地域での活動を行っていくこと
  4. ④適用後レビューや影響分析などIASBに対しさまざまな支援を提供していくこと
  5. ⑤地域におけるIFRSの適用を成功させるための助言や協議を行っていくこと
  6. ⑥AOSSGの事務局の機能の継続性を確保すること
PAFAについて

アフリカでは、2011年5月に、全アフリカ会計士連盟(The Pan African Federation of Accountants:PAFA)が設立された。南アフリカ勅許会計士協会(SAICA)が中心となって、アフリカ地域の34カ国から37の会計団体がメンバーとなって設立された。セネガルの首都ダカールに本部を置くこととされている。

このPAFAのVickson Ncube暫定CEOから、その設立経緯が説明され、また、グループの目的は、アフリカの会計専門家の地位を高め、公益に資することであるとし、次のようなプロセスに関与し、影響を及ぼしていくことを意図して設立したとの説明がなされた。

  • 国際的な基準の適用や導入の促進
  • IASB等の基準設定のプロセスへの参加
  • 各国における会計専門家組織の設立の促進

今後、PAFAの中で、各国の基準設定主体から構成される基準設定主体フォーラムを設ける予定であるとされた。

GLASSについて

ラテンアメリカでも、2011年6月に、ラテンアメリカ会計基準設定主体グループ(The Group of Laten-American Accounting Standard Setters:GLASS)が設立されている。

その議長に就任したブラジルのJuarez Carneiro氏より、GLASSの設立経緯や構成、活動状況などについて報告がなされた。

GLASSは、ブラジルとメキシコの関係者が中心となって設立された地域グループであり、ラテンアメリカ地域のうち12カ国の会計基準設定主体が集まって構成されている。

IASBに対する意見発信に際して、ラテンアメリカ地域の意見の集約を促進することをミッションとして掲げており、次の3つの事項を担う組織であることが説明された。

  1. ① テクニカルな問題についてIASBと協議していくこと
  2. ② ラテンアメリカにおけるIFRSの適用又はコンバージェンス、IFRSの普及及び整合的な適用を促進すること
  3. ③ ラテンアメリカ地域の財務報告の質の改善のため政府、規制当局、国際機関などと協力していくこと
質疑応答

これらの報告の後、会場参加者との間で質疑応答がなされた。主な内容は以下のとおりである。

  • 各地域によって言語の問題があると考えられるが、どのように対処しているかという質問があった。これに対し、PAFAのNcube暫定CEOからは、多くの違う言語があり重要な問題であるが、対応を検討中の段階であるとの回答があった。これに関連して、IASBのディレクターからは、こうした言語の問題、翻訳の問題を考慮し、コメントレターの意見募集期間はできるだけ長くとるようにしているとの意見もあった。
  • 各地域で生じているIFRSの適用上の問題への対処の状況について質問があった。西川委員長から、ここ2年はIASBが活発に活動を行っていたこともあり、AOSSGもIASBのプロジェクトへの対応に多くの時間を割いてきたが、基準の整合的な適用を確保することは非常に重要であり検討していく予定であるとの説明がなされた。
  • 議長の選出などを含むグループの運営方法についての質問があった。GLASSのCarneiro議長からは、当初2年間はブラジルが議長となり、GLASSのウェブサイトやコミュニケなど運営を担うとの説明があった。西川委員長からは、AOSSGの運営について、会議の開催頻度(年2回)、議長・副議長の構成と選任パターン、議長諮問会議とワーキンググループの役割などの説明がなされ、また、事務局の継続性の確保と資金調達が運営面での課題であるとの説明がなされた。

4.IASBの将来のアジェンダ

IASBは、2011年7月に「アジェンダ協議2011-意見募集」(以下「協議文書」という。)を公表した。この協議文書は、限られた資源の中で、今後、IASBが優先して取り組むべき領域に関するフィードバックを得ることを目的として公表されたものである。

この協議文書では向こう3年間にわたるIASBの戦略的方向性として、財務報告の開発とIFRSの維持管理という2つの視点から、以下の5つの戦略的分野が提案されている。

<財務報告の開発>
  •  ①概念フレームワーク(表示と開示のフレームワークを含む)
  •  ②財務報告に係る戦略的論点の調査研究
  •  ③基準レベルのプロジェクト
<既存のIFRSの維持管理>
  •  ④適用後レビュー
  •  ⑤適用上のニーズへの対応

冒頭、IFRS諮問会議のPaul Cherry議長から、この協議文書に関するIFRS諮問会議における議論の概要報告が行われた。意見募集の取組みを支持する意見があり、概念フレームワークの完了に向けた取組みへの支持や、基準開発の速度を緩め、平穏な期間(a period of calm)が必要であるとする意見があったことなどが報告された。

続いて、IASBのAlan Teixeiraディレクターから協議文書の概要説明が行われた後、会場参加者を5つの小グループに分け、グループごとのディスカッションが行われた。その後、各グループの議長から、全体へのフィードバックとして、議論の要旨が報告された。なお、この小グループのうち1つのグループの議長を加藤副委員長が務め、5つの戦略的分野と個別プロジェクトのレベルに分けて議論を総括し、要旨の報告がなされた。

全体的な戦略的方向性について、報告された主な意見や議論の内容は以下のとおりである。

  • 協議文書とは別に、収益認識やリースなどの優先プロジェクトは最優先で取り組むべきという位置付けには同意できる。
  • 「適用上のニーズへの対応」を優先して取り組むべきとする意見もあれば、あまりにアクティブに取り組むとルールベースの基準化を招くと懸念する意見もあった。
  • 別個の開示フレームワークを構築することで、開示負担(disclosure overload)の軽減を図れるであろう。
  • 会計単位の問題は現行のフレームワークではサイレントであるが、概念フレームワーク・プロジェクトの一環として対処すべきである。
  • 統合報告など、財務報告を超えた取組みを進めるよりもまずは財務報告自体の強化が必要である。
  • 5つの戦略的分野については概ね合意できるが、すべて相互に関連しており、この区分けをあまり強調すべきでない。
  • 資源の制約を前提にすべきでなく、先にニーズを検討して問題を特定すべきである。

また、個別のプロジェクトに関する意見は比較的少なかったものの、取り上げるべきとの意見のあったプロジェクトとしては、料金規制活動、採掘活動、農業、共通支配下における企業結合、イスラム金融、年金制度やインフレ会計などがあった。さらに横断的な論点として、その他の包括利益(OCI)のリサイクリングの問題も重要であるとの意見もあった。

また、協議文書の付録で挙げられている個別項目は概念的なレベルで相互に関連しているものが多く、できるだけその関連性を示し、包括的に分析できるようにすべきとの意見もあった。

5.適用後レビュー

IASBのMichael Stewartディレクターより、現在策定中の適用後レビュー(post-implementation review)に関する具体的な計画についての説明がなされた。

適用後レビューは、2008年10月に改訂されたIFRS財団のデュー・プロセス・ハンドブックにおいて基準設定に際しての6つのステージの1つとして盛り込まれたものである。新たな基準や大幅な基準の修正を対象として、基準開発時に議論があった重要な論点や、予想外のコストなどが生じている適用上の問題点について見直しを行い、解決策を提供するための枠組みである。

IASB自身が実施主体となり、通常、新たな規定が強制され、適用されてから2年後に行うこととされ、最初の適用後レビューの対象として次の項目が予定されている。

  • IFRS第8号「事業セグメント」(2011年第4四半期から実施)
  • IFRS第3号「企業結合」の改正(フェーズⅡ)(2012年第2四半期から実施)

Stewart ディレクターからは、適用後レビューの現時点の作業計画案として、次の3つのフェーズに分けて作業を実施していく予定であるとの説明がなされた。

フェーズ1:作業計画の策定 レビューの焦点となる問題点を把握し、それらの問題を調査するための作業計画を策定する。(主要な適用上の問題の把握のためアウトリーチを実施)
フェーズ2:問題点の調査 問題の内容と範囲を明確にするため、関係者からの懸念を裏付ける証拠を収集し分析する。また、把握した問題に対処するための解決策を提案する。(発見事項は公開の審議会で審議)
フェーズ3:報告 分析した問題点に対する対応策を立案する。(報告書案を公表し、意見を募集する。最終報告書には、受領したフィードバックに対する対処方法を含める)

説明後、将来のアジェンダのセッションと同様、会場参加者を5つの小グループに分け、グループごとのディスカッションが行われた。その後、各グループの議長から、全体へのフィードバックが行われた。

フィードバックでは、作業計画案に対しては、抽象的であるとの意見もあったものの、全般に概ね支持するとの意見が多かったとの報告があった。一方、懸念事項として、適用後レビューの対象と時期について、次のような意見があった。

  • 適用後レビューの対象を新たに公表された基準に限定すべきではない。
  • 検討の範囲も限定的なものとせず、より根本的な側面を検討すべきである。
  • 「議論のある(contentious)問題」かどうかを誰がどう確かめるのか不明である。
  • 適用後2年で対象とするのは短い印象があり、3年程度が適当であろう。
  • 活用できる資源を考慮して、問題に対処するための時間軸を定める必要がある。
  • IFRSの有効性をアウトリーチにより確かめることが副次的な目的として挙げられているが、主要な目的であろう。

上記のほか、適用後レビューを行う際に資源の制約があるのであれば、NSSの協力も仰ぐべきであるといった意見が多く見られた。

6.早朝セッション

本会議前の早朝の時間帯で、IFRSの解釈プロセスと適用、中小企業(SME)向けIFRSの導入及びXBRL IFRSタクソノミーという3つのテーマについての教育セッションが行われた。ここでは、筆者の参加した、SME向けIFRSの導入のセッションについて概要を紹介する

SME向けIFRSの導入

このセッションでは、Paul Pactor IASB理事が議長となって進行を務め、SME向けIFRSの現状やSME適用グループの活動状況について説明がなされた。その後、参加者との間で、各国におけるSME向けIFRSの適用状況について意見交換がなされた。

SME向けIFRSは、完全版のIFRSについて、認識や測定の簡素化や、開示規定の削減などが行われており、2009年7月に最終基準が公表された。完全版のIFRSが3,000頁を超えるのに対し、SME向けIFRSは230頁とシンプルな内容のものとされている。

Pactor理事からは、この簡素化は、利用者のニーズと中小企業の能力とコストに基づき行っていると説明され、また、SME向けIFRSは、2011年9月現在で、知り得る限りで74の国・地域が採用しているか、3年以内に採用を予定している状況であると説明された。

その後、参加者との間で、各国の採用状況とその理由についての意見交換が行われた。意見交換の主な内容は以下のとおりである。

  • マレーシアでは、SME向けIFRSはまだ採用しておらず、財務報告全体のあり方の検討の中で調査しており、関係者の中には開示だけ削減した完全版のIFRSを望む声もあるとの報告があった。
  • シエラレオネでは、2011年1月からSME向けIFRSを修正なしに適用しているとの報告があった。
  • 南アフリカでは、SME向けIFRSを導入することとしているが、税制上の問題や、複雑性についての懸念も生じていることが紹介された。
  • 日本では、SME向けIFRSを採用していない理由として、IFRS自体を適用していないことに加え、税制などの制度との関連性などについて説明を行った。
  • 英国では、3つの階層で英国基準を考えるモデルを提示しており、その中でSME向けIFRSについての意見も関係者に求め、検討しているが、SME向けIFRSに対しては、繰延税金やデリバティブの会計処理を求めることへの懸念や、再評価モデルの取扱いがないことなどの懸念があり、採用しづらいとの意見があった。

上記のほか、Pactor理事から、各地域の採用状況について事前にWSS会議参加者に対して行っていた調査結果が紹介された。欧州諸国は、現在SME向けIFRSの導入可否について欧州委員会(EC)を介して依然協議中であること、また、米国では、米国公認会計士協会(AICPA)が中小企業向けの代替的な会計基準として受け入れていることから、SME向けIFRSの使用が可能な状態となっていること(ただし、選択している企業はほとんどいないとされた)などの説明があった。

7.横断的な測定に関する論点

IASBのWayne Uptonディレクターから、会計上の測定に関する横断的な論点として、「測定の誤解(measurement myths)」と題したセッションが行われた。

最近のIFRSの開発に際して使われる測定の用語について、6つの誤解(myth)が挙げられ、実際にどのように理解することが適切か、それぞれについての考え方が示された。

  • 誤解1 「最善の見積り(best estimate)」が何を意味するかは誰もが知っている。
    「最善の見積り」は必ずしも自明の測定値ではなく、「最も起こり得る結果(most likely outcome)」なのか、「期待値(expected value)」又は「平均値(mean)」なのか、「中央値(median)」なのか、選択する必要が生じ、比較可能性を損なう可能性がある。このため、最近の基準設定に際しては、「最善の見積り」よりも、より具体的な「期待値」や「最も起こり得る結果」といった用語を使うように努めている。
  • 誤解2 IASBは公正価値を好む。
    IASBは常に公正価値を好んでいる訳ではない。引当金、固定資産の減損、収益認識、リースなど、公正価値は採用していない。保険契約でも現在の測定(current measurement)を指向しているが公正価値ではない。
  • 誤解3 IASBは期待値を好む。
    期待値が最良となる場合とそうでない場合があり、常に好んで使うという訳ではない。例えば、取引が頻繁に起こらない場合や、異常値(outlier)が重要でないか不確実である場合などでは「期待値」よりも「最も起こり得る結果」がより適切となる可能性がある。期待値は、現在の価値(current value)を表すためのツールにすぎない。
  • 誤解4 期待値は、あらゆる結果についての正確なデータを必要とする。
    起こり得る結果の平均(mean)を見積もるために適切な方法で行う必要はあるが、あらゆる結果について正確なデータを必要とする訳ではない。起こり得る結果の範囲を把握するために、知り得ないことまで敢えて作り出して含める必要はなく、3つや4つ程度の結果で十分である場合もある。
  • 誤解5 期待値はリスクを織り込んでいる。
    期待値はリスクを必ずしも織り込んでおらず、リスク調整が必要となる場合がある。多くの関係者からリスク調整は分からないと聞くが、100%の確率で500のインフローをもたらす資産と50%の確率で250又は750のインフローをもたらす資産では、期待値は500で同じでも、リスクは異なることは明らかである。
  • 誤解6 リスクは常に割引率を大きくさせる。
    資産の公正価値の利回りには反映されているとしても、負債の場合には反映されておらず、問題が生じる場合がある。リスク回避的な行動を前提とすれば、不確実な負債に関する取引価格は高くなる。次のいずれの方法でもリスクの会計処理は可能であり、常に割引率の調整が機能する訳でもない。
    →キャッシュ・アウトフローの見積りを増やす
    →発生確率の見積りを調整する
    →キャッシュ・アウトフローを現在価値に割り引く割引率を小さくする
    →期待現在価値を調整する

上記のような説明の後、参加者からは以下のような意見や質問があった。

  • IAS第37号の改正の検討時に、リスク調整については多くの反対があった。
  • 最善の見積り(best estimate)は使えないということかという質問に対し、その通りであり、曖昧な概念であるため使うのを避け、より測定の内容を明確化する方向で検討しているとの説明があった。
  • ASBJからは、会計単位(unit of account)と期待値との関係を確認したところ、期待値は平均値であり、会計単位をどうとっても同じ計算結果が得られることから、期待値を用いれば、会計単位の特定の必要性はなくなる、との説明があった。
  • 同様に、ASBJから、リスク調整に関連して、保険契約プロジェクトにおける複合マージンアプローチでは、リスク調整は算出されず、異なる考え方もあるのではと確認したところ、確かに、米国財務会計基準審議会(FASB)のアプローチではリスク調整を明示的に使用しておらず、現在大きな論点となっているとの回答がなされた。

8.個別セッション

5つの個別セッションに分かれての議論が会議2日目の午前と午後にわたって2回に分けて行われた。

午前は、新基準及びスタッフドラフトのアップデート(IFRS第9号)のほか、小規模グループディスカッションとして、概念フレームワーク、連結:投資企業、排出量取引、開示をテーマとしたセッションが設けられた。また、午後は、新基準及びスタッフドラフトのアップデート(IFRS第10号、IFRS第11号、IFRS第12号、IFRS第13号、収益・リースプロジェクト)のほか、小規模グループディスカッションとして午前と同様のテーマについてのセッションが設けられた。

ここでは、筆者の参加した連結:投資企業と排出量取引のセッションについて議論の概要を紹介する。

連結:投資企業のセッション

IASBは、連結に関連した基準として、2011年8月に公開草案「投資企業」を公表している。この公開草案は、投資企業としての適格要件を定めるものであり、投資企業に該当する企業は、その投資先を支配している場合であっても、投資先を連結するのではなく、その投資を純損益を通じて公正価値で会計処理することが提案されている。

本セッションでは、Jan Engstrom IASB理事が議長となって進行を務め、IASBのスタッフからこの公開草案の提案について説明がなされ、参加者との間で意見交換が行われた。

議論の焦点は、主に提案されている投資企業の適格要件の内容と、投資企業の親会社は投資企業の会計処理を引継ぐべきかどうか(IASBの提案では、引継ぐべきでなく、投資企業の投資先を公正価値測定ではなく、連結することが提案されている)についてのものとなった。

特に後者については、参加者から、投資企業における会計処理の親会社への引き継ぎ(roll-up)を認めるべきであるとの意見が多かった。引き継がない場合、多くの銀行や保険会社などで大きな問題となるという意見もあった。実務の経験から、親会社に引き継ぐ会計処理は多くの乱用を招きやすいとの意見もあったが、その参加者からは、今回の提案の適格要件はかなり強固になっており、ストラクチャリングへの懸念はそれで防げるであろう、といった意見があった。

その他、参加者からの主な意見は次のとおりである。

  • 適格要件における「複数の投資」が何を意味しているか不明確であり、何を意味しているのか明確にすべきである。
  • 単位所有の要件の必要性が不明である。結論の根拠にも見られない。
  • 持分法を公正価値とするかどうかの話と、連結を公正価値とするかどうかの話はレベルが相違するように思う。持分法から公正価値は同じ一行の取扱いの中での話である。
  • この公開草案の提案は、適格要件に該当すれば適用が要求されるものと理解しているが、その要件の性質から、要件を満たさないとして容易に適用を回避できるようにも見える。
排出量取引のセッション

IASBのDarrel Scott理事が議長となって進行を務め、IASBのスタッフから排出量取引スキームに関するプロジェクトにおけるこれまでの検討状況(暫定決定の内容)について説明がなされ、参加者との間で意見交換が行われた。

本プロジェクトは、IASBとFASBとの共同プロジェクトとして、2010年に活発に議論が行われたが、優先項目の見直しに伴い、いったん中断となっているプロジェクトである。排出量取引スキームにおいて参加者に割り当てられた排出枠の会計処理を定めるものであり、資産・負債の定義に照らした概念的な側面からの検討が行われていた。無償の割当排出枠については、借方を資産とし、貸方は何らかの債務があるとして負債(割当負債)を計上することなども暫定決定されていた。

IASBのスタッフからは、排出量取引に関する各国・地域における様々なスキームが紹介された。また、このプロジェクトは、IAS第20号「政府補助金の会計処理及び政府援助の開示」やIAS第37号の負債に関わる論点と関連し、最終的にプロジェクトを進めるかどうかは、現在意見募集中のアジェンダ協議の結果次第であるとの説明がなされた。

説明の後、参加者との間で意見交換が行われた。参加者からの主な意見は次のとおりである。

  • キャップ・アンド・トレードのスキームについて、オーストラリアでも政府が検討しており、承認されれば2015年から導入されることになる。このため、IFRSにおいてどういった基準が整備されることになるか非常に関心がある。
  • 履行義務の観点から整理すると、期待リターンアプローチは、排出削減の見込みに対して会計処理するのに対し、認識中止アプローチは、排出削減のために何らかの行為を行った段階で認識中止するということと理解できるように思う。
  • 最後に暫定決定がなされて以降、そのモデルでのアウトリーチ活動はどの程度行っているかとの質問に対し、ニュージーランドで
  • 基準設定主体との間で開催した程度であり、本格的には実施していないとの回答があった。
    割当負債の認識に関して、関係者の反応はどうかとの質問に対しては、あまり議論はしていないものの、IASB主催のカンファレンスで説明した際は、支持する意見と支持しない意見で分かれていたとの説明がなされた。

上記のほか、今後アウトリーチ活動を行っていくに際しては、アジア・オセアニアも含め、世界中で実施してもらうのが役立つこと、また、日本では、実際に排出するまでは、現在の義務はない、という強い意見があることなどを紹介した。

III. おわりに

今回のWSS会議は、Hoogervorst新議長が力を入れている、IASBのアジェンダ協議やその一環である適用後レビューが主たる議題であったといえる。また、小グループ単位の会議では参加者間で活発な議論も行われていた。IASB新議長のもと、新たなIFRS開発に向けて各国の会計基準設定主体の連携がますます重要となることを印象付ける会議であった。

次回のWSS会議は2012年10月に本年と同じロンドンで開催することが予定されている。

以上


  1. 会議で用いられた資料の一部は、IASBのウェブサイトで閲覧可能である。
  2. 早朝セッションは、本会議開始前の早朝の時間帯に行われた。