ASBJ 企業会計基準委員会

2010年 世界会計基準設定主体(WSS)会議報告

Ⅰ.はじめに

国際会計基準審議会(IASB)は、2002年11月から毎年、世界各国の会計基準設定主体との意見交換のための世界会計基準設定主体会議(World Standard Setters Conference:以下「WSS会議」という。)を英国ロンドンで開催している。今年は、2010年9月20日(月)及び21日(火)に開催され、山田辰己IASB理事が議長を務め行われた。企業会計基準委員会(ASBJ)からは、加藤副委員長と吉岡研究員が参加した。以下、会議の概要を紹介する。

Ⅱ.2010年WSS会議

1.概要

今回のWSS会議は、約50カ国の会計基準設定主体や関係機関から約100名が参加し、2日間にわたって以下の議題にて行われた(*1)。

日時 議題の内容
9月20日 Tweedie議長による挨拶
国際財務報告基準(IFRS)の適用上の問題
リース
  • プロジェクトアップデート
  • 小グループに分かれての議論
  • 各グループからのフィードバック
基調講演(金融庁古澤企業開示課長)
(教育セッション(*2))
  • 排出量取引スキーム
  • 採掘活動
  • XBRL IFRSタクソノミー
9月21日 IASBの計画及び優先項目(2011年以降のアジェンダ)
IASBへの関与
IFRS諮問会議アップデート(Cherry議長)
個別セッション1
  • 中小企業(SME)向けIFRS
  • その他のプロジェクト(保険契約、財務諸表の表示、収益認識、金融商品(IAS第39号の置換え))
個別セッション2
  • IFRSテクニカルアップデート及び質疑応答
  • その他のプロジェクト(公正価値測定、財務諸表の表示、収益認識、金融商品(IAS第39号の置換え))
IFRS解釈指針委員会の活動状況のアップデート
発効日及び移行措置

2.Tweedie議長の挨拶

会議の冒頭、David Tweedie議長から挨拶のスピーチが行われた。各国の基準設定主体からの多くの意見を期待していると述べ、以下のような点を強調していた。 

  • インドや日本、韓国、ブラジル、カナダ、インドネシア、マレーシア、メキシコなど多くの国がIFRSの適用に向けて動きつつある中、我々の基準設定について、できるだけ早期の段階で、各国の基準設定主体の見解が欲しい。IASBのアジェンダ・ペーパーを見てもらい、公開草案の公表前にインプットを貰うことは非常に重要であり、進むべき方向を早期に軌道修正でき最終的な結論を得るのに役立つ。 
  • コンバージェンスはアドプションの手段であり、同じものではない。グローバルで高品質な単一の会計基準を望むのであれば、究極的には、まさに一つの基準だけを使う必要がある。カーブアウトは望ましくなく、混乱を招く。 
  • 各国にとって、自国の基準設定主体の役割は非常に重要である。IASBに影響を及ぼすために必要であり、また、各国特有の問題についてもIASBでは対処できない。採掘活動や関連当事者など既に多くの協力を得ているが、2011年以降のアジェンダについても多くの候補があり、各国の基準設定主体の協力が不可欠である。

3. IFRS適用上の問題

IASBのWayne Uptonディレクターが進行役となって、3人のパネリストから、それぞれの国のIFRSの適用に関する取り組み状況や課題について説明がなされた。

ブラジルにおけるIFRSの適用について

Alexsandro Broedel Lopesブラジル証券取引委員会委員長より、ブラジルにおけるIFRSの適用について以下の説明がなされた。 

  • ブラジルでは、公開、非公開にかかわらず、2010年からIFRSを適用している。金融機関を除き、連結財務諸表だけでなく個別財務諸表にも適用することとしている。
     
  • もともとは税務の観点から記帳が行われていたこともあり、税務と会計のかい離を克服することが必要であったが、大変な努力を経て、税務上の報告と会計上の報告を切り離した。これがIFRSの採用にとっての重要なプロセスであった。
  • ブラジルでは、自国の資本市場の発展のためにはIFRSの採用は不可避であり自然なことと前向きに捉えられた。ブラジル独自の会計基準が無くなることについても2007年の会社法の改正時点で既に触れていた。
  • 様々な課題もある。例えば、IFRIC第12号「サービス譲与契約」の適用に際して、無形資産の活発な市場がない中で公正価値の見積もりを求められたことや、機能通貨について、ブラジルでは制度上、財務諸表はブラジルの通貨で表示しなければならないとされており、機能通貨が外国通貨の場合には二重に開示が求められたことなどがある。また、個別財務諸表上でIFRSを適用する際の唯一の問題として、ブラジルの法律により個別上で持分法の適用が義務付けられているという問題がある。 
  • IFRSの適用に際して税務当局との関係は重要であり、ブラジルでは非常にその点が成功した。既にIFRSの適用の是非は問題ではなく、小規模企業に対する手当てをどうするか、個別財務諸表についてどう取り扱うか、といった問題にシフトしている。
韓国におけるIFRSの適用について

次に、韓国会計基準委員会(KASB)のChungwoo Suh委員長より韓国におけるIFRSの適用について以下の説明がなされた。 

  • 韓国では、2011年から公開企業についてIFRSの強制適用を決定している。非公開企業については韓国の会計基準が引き続き適用されるが、IFRSを適用することも選択肢として認めている。
  • 2007年3月にロードマップを公表して以降、非常に様々な困難に直面している。特にMoUプロジェクトにより多くの基準の変更が想定されることから、韓国の企業は現時点でIFRSに移行することに非常に抵抗感を持っている。
  • IFRSの適用にあたっての論点は主に2つある。1つは、テクニカルな論点の解決方法についてであり、主としてIASBのディレクターなどとの相談を通じて解決してきた。もう1つはIFRSの翻訳の問題である。韓国KASBが翻訳作業を引き受けているが、韓国にはない取引などもあり、また、法律上の用語との関連から正確な訳が難しい。非英語圏の国には非常に大変な問題である。
トルコにおけるIFRSの適用について

最後に、トルコの会計基準審議会(TASB)のAli Alp理事よりトルコにおけるIFRSの適用ついて、以下の説明がなされた。 

  • トルコでは、数十年前の規則を含む様々な規則が断片的に集まって会計基準を構成していた。
  • そのような中、上場企業及び一部の金融機関についてのみIFRSの適用を進めることとした。今後は会社法の対象会社にも適用予定であり、対象は増加する見込みである。
  • 韓国と同様、翻訳は課題の一つであった。また、監査人についても大手の会計事務所以外はIFRSの教育は大きな課題であった。直近では、2008年10月に緊急で行われた金融商品の再分類に関する取扱いへの対処などが問題となった。 
  • また、トルコと欧州連合(EU)との間の関係からくる課題(EU会社法指令などとの関係)もあるとされた。

説明の後、会場参加者との間で質疑応答がなされた。主な内容は以下のとおり。 

  • IFRSに準拠して作成した財務諸表を示す際にどのような表現を用いているか、という質問があった。これに対し、Broedel委員長より、ブラジルでは、法律との関係から、IASBは法律上の機関ではないため、直接「IFRSに準拠して」と表現することが難しく、「IFRS及びブラジルの一般に認められた会計原則(GAAP)に準拠して」と表現することで問題の解決を図っているとの回答がなされた。 
  • ASBJから、各国のIFRSの適用に関する説明の中で、IFRS解釈指針委員会の活用という話題が出てこなかった点が興味深いとの感想を述べた。Uptonディレクターからは、IFRS解釈指針委員会にあげて議論することが本来であるが、その場合非常に時間がかかるためであるとの回答がなされた。

4. リース

冒頭で、IASBのリースプロジェクトに関与するスタッフより、2010年8月に公表された公開草案「リース」の提案の概要について説明が行われた。

続いて、会場参加者を5つの小グループに分け、グループごとのディスカッションが行われた。その後に各グループの議長からそれぞれの議論の結果について報告がなされた。報告された主な意見や議論の内容は以下のとおり。

借手の論点-オプションや変動リース料の取扱いについて
  • 延長オプションや解約オプションの取扱いについては、リース期間を「発生する可能性が50%超となる(more likely than not)」期間とする公開草案における提案に反対する意見が多かった。ただし、その代替案については参加者間でも意見が分かれ、より高い閾値を設けるべきという意見、確率加重の期待値で測定すべきとする意見、別個のデリバティブとして測定すべきとする意見などがあった。 
  • 変動リース料については、提案に賛成する意見もあれば、借手の業績や使用量に連動する変動リース料は回避可能な義務であり負債として認識すべきでないという意見もあった。一方、変動リース料は、認識の不確実性ではなく測定の不確実性に係るものであり、リース契約の締結により負債自体は存在しているとの意見もあった。
  • 購入オプションについて、提案を支持するという意見が多かったが、他のオプションと整合的に扱うべきとする意見もあった。
貸手の論点-履行義務アプローチと認識中止アプローチについて
  • 複合モデルは恣意的な線引きを招くため、単一のアプローチ(例えば、認識中止アプローチ)に統一すべきとする意見が見られた。 
  • 貸手の会計処理におけるリスクと便益に基づく考え方と収益認識の公開草案における支配の移転の考え方で不整合が見られるといった意見があった。
範囲の論点-原資産の売買の区分等について
  • 原資産の売買における「ごくわずかな(trivial)」という用語と、貸手の会計処理のアプローチにおける「重要でない(insignificant)」という用語の違いが非英語圏の者には非常にわかりにくいといった意見があった。 
  • 無形資産を範囲から除外することには慎重であるべきとする意見もあった。

報告の後、さらに会場参加者から以下のような意見があった。

  •  借手側でリース契約は引渡しにより履行があるため未履行契約でないと説明していることと、貸手側の履行義務アプローチとの整合性が説明できていない。 
  • 支配とリスク・リワードの使い方については、基準間で整合性をとるのが非常に重要であり、用語も揃えるべきである。

5. 基調講演

金融庁総務企画局企業開示課の古澤知之課長による基調講演が行われた。①IASBによるグローバルな活動への支持、②金融庁と基準設定主体(ASBJ)との協調と日本におけるIFRSの適用に向けた取り組み、③IFRS財団のモニタリング活動の3つに焦点を当て、説明がなされた。

各国でIFRSの適用への動きが大きくなっており、アジア・オセアニア地域でも多くの国がIFRSへの移行を検討している。このような中、各国で円滑なIFRSの適用を進め、IASBに意見を述べていくには、各国特有の実務に関する情報などを基準設定主体間で共有し、互いに協調して取り組んでいくことが重要であると強調された。アジア・オセアニア地域において、アジア・オセアニア会計基準設定主体グループ(AOSSG)などIFRSについて各国が対話を図るための会議体ができてきていることなどが紹介された。

次に、日本におけるIFRSの適用に向けた取り組みや金融庁と基準設定主体であるASBJとの間の関係について説明がなされた。日本では、金融庁はASBJとの間で非常に良好な関係を築いており、IFRSに関する準備に関しても協調して進めることができているとの説明があった。2007年の東京合意に基づき、ASBJで会計基準のコンバージェンスの作業を進めていることや、2010年3月期からIFRSの任意適用が認められていること、また、任意適用に際しては、現行のIFRSをカーブアウトすることなく、IFRS第9号「金融商品」を含め、指定国際会計基準として認めていることなどが紹介された。また、作成者や監査人のIFRSの適用に関する理解の重要性についても触れられ、日本のIFRS任意適用の準備に際して生じている問題などを挙げ、日本における関係者の教育やトレーニングが重要であることが強調された。

最後に、日本の金融庁長官もメンバーとなっているIFRS財団のモニタリング・ボードの活動について紹介がなされた。現在モニタリング・ボードでは、IFRS財団のガバナンスの在り方についての見直しを行うことを決定している。金融庁の河野正道総括審議官を議長としてワーキング・グループが立ち上げられその見直しの実施を進めていることが紹介され、モニタリング・ボードの活動にも注目して欲しいと述べ、締め括られた。

6. 教育セッション

本会議前の早朝の時間帯で、排出量取引スキーム、採掘活動及びXBRL IFRSタクソノミーという3つのテーマについての教育セッションが開催された。

筆者の参加した排出量取引スキームの教育セッションでは、担当しているIASBのスタッフから、次のような説明があり、その後に質疑応答が行われた。

排出量取引スキームについては何が資産か、何が負債か、といった概念的な側面から検討している。IASBとFASBは、無償で割り当てられた排出枠について、資産の定義や認識規準を満たすものと暫定決定しているが、それに見合う貸方勘定をどうするかが議論されている。それらをすべて初日の利得として計上することにはIASBもFASBも懸念をもっており、むしろそこには何らかの債務が存在するということで暫定決定している。ただし、どのような性質の債務かについては、いくつか見解を提示しているが、まだ議論が分かれている状況である。提示している見解は以下のとおり。

  • 現在の債務を、排出枠を保持するために、排出を控える(refrain)という無条件の債務を負っていると見る考え方
  • 現在の債務を、排出した場合に、排出枠を返還するという無条件の債務を負っていると見る考え方
  • 現在の債務を、排出枠を保持するために排出を控えるか、又は、排出したら排出枠を返還する、という両者合わせてスキームの要求を遵守する無条件の債務を負っていると見る考え方

説明の後、参加者との間で意見交換が行われた。主な内容は以下のとおり。

  • IAS第20号の政府補助金の会計処理と同様に、排出するまでは義務はないと考えるのが自然ではないかという意見があった。これに対しては、IAS第20号は古い基準であり、本来はそれらの見直しも必要と考えているとの説明があった。
  • 割り当てられた排出枠についての資産の科目は棚卸資産となるのか無形資産となるのかといった質問があった。これについては、表示の問題でありまだ議論していないといった説明がなされた。

7. IASBの計画及び優先項目(2011年以降のアジェンダ)

Tweedie議長から、現在IASBで取り上げているプロジェクトの概要と、今後IASBで取り上げることが期待されている様々なアジェンダについての説明がなされた。

現在のプロジェクトとして、2011年6月までに9項目(金融商品、公正価値測定、連結、認識の中止(開示)、収益認識、リース、保険契約、退職後給付、その他の包括利益)の基準化を予定しているとされた。プロジェクトの優先度を検討した結果、財務諸表の表示や資本の特徴を有する金融商品については、もう少し時間をかけて行うこととしたとの説明があった。

さらに、2011年以降のアジェンダについても様々な候補が出てきていることが説明された。農業、株式報酬、法人所得税、政府補助金、無形資産、機能通貨、業績報告、開示フレームワーク、イスラム金融、セグメントや企業結合などの適用後レビュー、共通支配下取引、採掘活動などが挙げられ、今後どれに重点を置くべきか十分な検討が必要であるとされた。

IASBスタッフからは、現在公表している収益認識や保険契約、リースの公開草案など、今後最終化が予定される基準に関する発効日や移行措置について、関係者の意見募集を求める協議文書を作成しており、10月に公表する予定であることが説明された。また、2011年6月以降IASBで取り上げるべきアジェンダについて、関係者から意見を求める協議文書の公表も予定しているとの説明があった。

その後に行われた参加者との今後取り上げるべきアジェンダに関する意見交換では、参加者から、特に概念フレームワークの開発の重要性を指摘する意見が多くあった。また、国際公会計基準審議会(IPSASB)で開発が進められている公的セクターの概念フレームワークの開発とも協調し、2つの異なるフレームワークが出来てしまうことのないようにすべきといった意見も見られた。その他、農業の会計処理の見直しや、採掘活動の会計処理の開発、サステナビリティ報告の重要性などを指摘する意見もあった。

8. IASBへの関与

Steven Cooper IASB理事より、IASBが市場関係者との間で行っている様々なアウトリーチ活動についての説明が行われた。公式のデュープロセスとしては、公開草案の公表やコメントレターの募集・検討、ディスカッション・ペーパーの公表、円卓会議の実施、ワーキング・グループによる検討などがあるが、アウトリーチ活動はそれらのデュープロセスを補完するものであり、市場関係者との会議や、ウェブキャスト、ディスカッション・フォーラム(*3)などの活動であるとの説明がなされた。

それらの活動の目的は、プロジェクトにおける問題を把握し、解決策を探すことにあり、より高品質な基準の開発に役立てることにある。また、IASBの提案内容を伝え、明確化するという目的もあるとされた。

また、収益認識、リース、保険契約、金融商品及び財務諸表の表示という5つのプロジェクトについて、現在行っている個々のアウトリーチ活動の状況についても説明があった。

説明の後、参加者との間で質疑応答がなされた。主な内容は以下のとおり。

  • これらのアウトリーチ活動の実施は非常に良いことではあるが、これにより本来のデュープロセスであるコメントレターが軽視されることがあってはならないとの意見があった。これに対しては、公式のデュープロセスとしてコメントレターはより重要であると認識しているとの回答がなされた。
  • ASBJから、これらのアウトリーチ活動を通じて、IASBに対してコメントを提供する機会を得られることを多くの市場関係者が喜んでいるが、提供されたコメントに対してどのように対処されたかが現状分かりにくいとの意見が日本の市場関係者の中にある旨を述べた。これに対しては、受領したコメントはアジェンダ・ペーパーとしてまとめた上で審議を行っており、また、対処についても結論の根拠に取り込んではいる。非常に多くのコメントがあり個別に対処を示すことができていないのは確かであるとの回答があった。

9. IFRS諮問会議アップデート

IFRS諮問会議のPaul Cherry議長より、IFRS諮問会議の役割や最近の活動について報告が行われた。

IFRS諮問会議は現在世界各国からの47名のメンバーから構成されている。IASBのアジェンダ決定やその優先順位についての助言や主要な基準設定プロジェクトへの意見を述べ、IFRSの促進や適用を図り、また、IASBないし評議員会への様々な助言を行うことを目的とした組織である。IFRS諮問会議では議決を行うことはしていないが、最近の会議では、以下のような意見が多くあるとされた。 

  • IASBの現在の作業計画はアグレッシブであり、スピードよりも品質が重要である。2011年6月までの完了は不可欠なものではない。 
  • 金融危機への対応としては、包括的な新たな基準や事業モデルを反映した混合測定を支持しており、FASBのような公正価値が用いられる範囲の広いモデルは支持していない。
  • IASBのアジェンダの優先順位の決定のプロセスを強化すべき。また、2011年以降は、沈黙の期間(period of calm)を設けることも必要である。概念フレームワークや開示フレームワークの強化、新基準の適用の首尾一貫性などを検討すべきである。

Cherry議長からはまた、2011年11月に、今後IASBがどのようなアジェンダを取り上げるべきか、何をすべきか議論を行う予定であるとされた。また、将来的なIASBの検討課題として、財務報告の境界線の話などもあり、また諮問会議自身もその役割について検討していく必要があるとされた。

10. 個別セッション

5つの個別セッションに分かれての議論が2日目の午前と午後にわたって2回に分けて行われた。

午前は、中小企業(SME)向けIFRS、保険契約、財務諸表の表示、収益認識、金融商品(IAS第39号の置換え)をテーマとしたセッションが設けられた。また、午後は、IFRSテクニカルアップデート、公正価値測定、財務諸表の表示、収益認識、金融商品(IAS第39号の置換え)をテーマとしたセッションが設けられた。

ここでは、筆者の参加したSME向けIFRSのセッションと収益認識のセッションについて議論の概要を紹介する。

SME向けIFRSのセッション

Jan Engstrom IASB理事が議長となって進行を務め、2010年7月からIASBの理事に就任しているPaul Pactor氏より、SME向けIFRSの現状やSME適用グループの活動状況について詳細な説明がなされた。説明の主な内容は以下のとおり。 

  • SME向けIFRSは、完全版のIFRSを簡素化し(認識や測定の簡素化や、開示規定の削減など)、230頁のシンプルな内容のものとしている。2009年7月に最終基準が公表された。
  • 上場企業は世界で約45,000社ほどであるが、非上場の民間企業は、ヨーロッパでは25百万社、米国では20百万社あり、99%以上は中小規模の企業である。
  • 現在、SME向けIFRSは、66の法域で適用されているか、または適用が予定されている。
  • ヨーロッパでは、2009年11月に、SME向けIFRSをEUの法律上のフレームワークにおいて採用できるか否か意見を求める協議文書が欧州委員会(EC)から出され、25か国のうち19か国は賛成、6か国が反対という状況にあり継続して検討している状況にある。
  • EFRAGがSME向けIFRSとEUの会社法指令との比較を行ったところ、差異はたった6つのエリアだけとされた(一部の金融負債の公正価値測定、のれんの償却期間の長さ、のれんの減損の戻し入れの禁止など)。
  • IASBでは、SME向けIFRSの普及を促進し、適用に際しての問題などに対応するため、今年からSME適用グループを設置している(Pactor理事は当該グループの議長も務めている)。
  • SME適用グループは、16の法域から21名のメンバーで構成され、SME向けIFRSに関する任意の指針をQ&A形式で開発しており、SME向けIFRSの修正が必要な場合にはIASBに提案を行う役割を担っている。SME向けIFRSを採用する各国から様々な質問が寄せられている。

説明後、南アフリカ、シエラレオネ及び英国の参加者から、各国のSME向けIFRSの適用状況について説明がなされた。主な内容は以下のとおり。 

  • 南アフリカでは、会社法の改正時にSME向けIFRSを取り込み積極的に導入することとしている。 
  • シエラレオネでは、2011年1月からIFRSを適用することとしており、SME向けIFRSも含め、あらゆる企業のためのワンストップの基準のあり方を検討している。
  • 英国では、2004年から英国会計基準の将来について検討を重ねており、SME向けIFRSやより小規模企業のための財務報告基準(FRSSE)をどのように用いていくか関係者の意見を求め、検討している。

さらに、その他の会場参加者に対してもPactor理事から質問がなされ、各国のSME向けIFRSの適用状況について意見交換が行われた。

収益認識のセッション

収益認識のセッションでは、2010年6月に公表された公開草案「顧客との契約から生じる収益」における提案内容について、IASBのPrabhakar Kalavacherla(PK)理事が議長を務め、概要の説明がなされた後、参加者との間で議論が行われた。参加者による主な意見や議論の内容は以下のとおり。

<契約の結合と分割、履行義務の識別> 

  • 公開草案の目的は、履行義務についていつ収益を認識することが適切かを決めることにあると理解している。そうだとすれば、契約の結合と分割というステップと履行義務の識別というステップという2段階を設けるのは複雑性を増すだけで、不要ではないか。(これに対しては、IASBから割引や変動する対価の配分の問題などがあるため設けたものであるが、そのような疑問も多く受けており、再審議を行う予定であるとの説明がなされた)

<取引価格の決定>

  • 取引価格の算定に際して、信用リスクに相当する額を控除することに反対である。信用リスクは時間価値のような時の経過で戻し入れられるものではなく、履行義務を構成せず、別個に会計処理すべきである。利用者からも信用リスクをネットした情報よりもグロスで表した情報の方がより有用であるという声が多い。(これに対しては、IASBから、これまで回収可能性は認識の問題であったが、現在は測定の問題と捉えているとの回答がなされた。) 
  • 何千人もの顧客に販売している場合に、その個々の顧客の信用リスクについての評価を収益認識の段階で求めるとなると大規模なシステム変更が必要となる可能性があるが、そのような変更を正当化するほど重要な論点か疑問である。
  • 確率加重の期待値により取引価格の計算を行うことには非常に抵抗がある。

<履行義務の充足(支配の移転)>

  • 支配の移転に関する4つの指標の使い方が不明確であり、どれも決定的でないとする条項の存在により、どれが主要な指標かも分かりづらくなっている。例えば、デザインの指標だけ満たしているような場合でも支配の移転となるのか不明確である。
  • 連続的な支配の移転と通常の支配の移転の違いが分かりづらい。その概念が、工事進行基準が適用されていた案件にどのように適用されるのかも不明確である。
  • 連続的な支配の移転が法的な観点からの裏付けがあるのか理解できない。カナダでは、この概念について法律専門家と議論し助言をもらっているが、カナダの環境下では、この概念は機能しないといわれている。
  • 複雑な指標を設けて一つの原則で工事進行基準のようなものまで対処しようとするのではなく、より良い明確な原則を設けたうえで、工事進行基準のような活動ベースのものについては関連性(relevance)の観点から機能しないため、別の例外規定を設けるというアプローチにした方がよいのではないか。
  • 支配の移転という概念は、貸借対照表上の資産・負債の認識の観点からは重要な概念であるが、収益認識という観点から重要な概念であるとは思わない。活動の進捗が基礎となるべき。ただし、契約が不要といっているのではなく、契約などの何らかのコミットメントは必要という意味で述べている(その意味で活動ベースという用語は少し誤解を招いている)。

上記のほか、製品保証の論点や、IFRIC第15号の取扱いとの関係など個別の論点についても議論が行われ、公開草案の提案内容について様々な意見があることが確認された。

11. IFRS解釈指針委員会の活動状況のアップデート

IASBのMichael StewartディレクターよりIFRS解釈指針委員会の最近の活動状況を中心に説明がなされた。

IFRS解釈指針委員会は、デュープロセス・ハンドブックに従い、議題の設定や関係者とのコミュニケーション、IFRSの適用に関する問題の解決(議題として取り上げない場合の説明、解釈指針の検討、既存の基準の改訂、年次改善プロジェクトの検討など)を行っている。

今回の会議では、この委員会の直近1年間の活動状況について説明がなされた。IFRIC第19号「資本性金融商品による金融負債の消滅」や解釈指針案「露天掘り鉱山の生産フェーズにおける剥土費用」、現在の主要なアジェンダ項目であるIFRS第2号「株式報酬」に関する権利確定・非権利確定条件の明確化や非支配持分に係るプットオプションの取扱いなどの概要について説明がなされた。

また、IFRS解釈指針委員会では、年次改善プロジェクトについて、文案作成の役割も2010年1月から課せられており、2010年に公表された年次改善における基準の修正の概要について説明がなされた。また、年次改善に該当するか否かの規準についても見直しを行っており、2010年8月にその規準案についての意見を求める文書を公表していることが説明された。

その他、IFRSの部分的な修正として、IFRS第1号「国際財務報告基準の初度適用」における固定日付の取扱いに関する修正案やIAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」について深刻な超インフレが生じている場合の取扱いの検討状況について説明がなされた。

12. 発効日及び移行措置

IASBのAlan Teixeiraディレクターより、現在IASBから発行されている又は発行される予定の多くの新たな提案について、その発効日や移行措置に関する意見を求めるための協議文書を準備していることが紹介され、その文書の内容について説明が行われた。

発効日については、IFRSを既に適用している企業とこれから適用する初度適用企業ではその回答は異なる可能性があり、それぞれに関連する質問を用意していることなどが説明された。また、移行措置については、早期適用が必要かどうかや、遡及適用が必要かどうかといった質問を含める予定であるとされた。

その後の質疑応答に際して、参加者からは、このような文書で意見を求めるのは非現実的であるといった意見や、早期適用の話など、基準ごとに何がよいかを関係者が決定するのは難しいといった意見もあった。ASBJからは、この文書によってIFRS第9号や新たに公表される保険契約の基準の発効日も影響を受けるかとの確認を行ったところ、IFRS第9号は俎上に挙げていないが、保険契約の発効日との関係は気にしているとの回答がなされた。

今回のWSS会議も、時宜にかなった多くのトピックが取り上げられていた。個別セッションを含む多くのセッションにおいて参加者との間で活発な意見交換が行われており、非常に盛況な会議であった。

初日の会議の最後には、Tweedie議長から、この会議に参加しており、9月末でFASBの議長を退任することとなったRobert H. Herz議長に対し、FASBにおいてだけでなくグローバルな会計基準に対するこれまでの功績を称えるスピーチが行われ、その後Herz議長からも感謝の言葉が述べられ、会場より盛大な拍手が送られていた。

WSS会議は次回も英国ロンドンで同じ時期に実施することが予定されている。

以上


  1. 会議で用いられた資料の一部は、IASBのウェブサイトで閲覧可能である。
  2. 教育セッションは、本会議開始前の早朝の時間帯に行われた。
  3. IASB側が説明者となり参加者が聞き手となる形式であり、各国の基準設定主体などがホストとなり、公開で行われる。通常、IASBの作業計画のアップデートや個別の論点を数セッション行い、その後に質疑応答を行う形式となるとされている。