各国基準設定主体(NSS)会議は、世界各国の会計基準設定主体や財務報告関係機関が集まって、各設定主体が取り組んでいる研究プロジェクトに関する議論や国際会計基準審議会(IASB)の基準開発へのインプットやサポートを行うための会議である。年2回、春と秋に定期的に開催されており、現在、英国会計基準審議会(ASB)のIan Mackintosh議長が、この会議の議長を務めている(*1)。
今回のNSS会議は、2010年9月18日と19日の2日間にわたりローマで開催された。日本、イタリア(ホスト国)、韓国、米国、英国、カナダ、フランス、ドイツ、スペイン、オーストリア、ノルウェー、スウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド、インド、シンガポール、マレーシア、台湾、香港、スーダン、南アフリカ、シリア、シエラレオネ、ブラジル、メキシコの計25か国の会計基準設定主体に加え、米国証券取引委員会(SEC)、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)、国際公会計基準審議会(IPSASB)、国際財務報告基準(IFRS)諮問会議(旧基準諮問会議)及びIASBからの参加者を合わせ、合計で66名が参加して行われた。企業会計基準委員会(ASBJ)からは、加藤副委員長、小賀坂主席研究員及び吉岡研究員が参加した。
Mackintosh議長による挨拶の後、各議題について議論が行われ、各参加者から積極的な意見発信が行われた。この第10回NSS会議の議題と担当は以下のとおりである。
AP | 議題 | 担当 |
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9月18日(土) | ||
1 | 米国SEC:コンバージェンスとグローバルな会計基準 | 米国SEC |
2 | 財務報告における国際的な開発状況とIASBの作業計画 | 英国ASB |
3 | 会計基準とXBRL | シンガポール会計企業規制庁(ARCA) |
4 | IAS第41号「農業」 | マレーシア会計基準審議会(MASB) |
5 | 法人所得税 | 英国ASB、ドイツ会計基準審議会(GASB)、EFRAG |
9月19日(日) | ||
6 | IASBとFASBの概念フレームワーク・プロジェクトの進捗報告 | IASB、米国財務会計基準審議会(FASB) |
7 | 概念フレームワークへの貢献:会計単位 | 英国ASB |
8 | IPSASB概念フレームワーク・プロジェクト:測定 | IPSASB |
9 | 財務報告における測定のフレームワークに向けて | カナダ会計基準審議会(AcSB) |
10 | 財務報告における測定のフレームワークに向けて-代替的見解 | フランス会計基準委員会(ANC |
11 | 共通支配下取引 | イタリア会計基準委員会(OIC)、EFRAG |
12 | 会計基準の影響分析 | 英国ASB、EFRAG |
13 | IFRS第2号のレビュー・プロジェクト | フランスANC |
2010年2月、米国SECは単一で高品質な会計基準に向けた取組みへの支持を確認する声明「コンバージェンスとグローバルな会計基準の支持に関する声明」を公表し、同時に、米国の財務報告システムにIFRSを組み込む(incorporate)かどうかを判断するための作業計画を公表している。今回のNSS会議では、米国SECからJames Kroeker主任会計士とPaul Beswick副主任会計士が参加し、この作業計画の内容と現状について説明が行われた。説明の主な内容は以下のとおりである。
説明に続き、参加者との間で質疑応答がなされ、また、IFRSの適用に関する各国の経験などについて意見交換が行われた。主な内容は以下のとおり。
Kroeker氏からは、2010年10月には上記で説明した事項などの作業の経過を報告するための進捗報告を公表する予定であると説明がなされた(*3)。
英国ASBから、グローバルな金融危機等に関連してIASBやFASBで行われている基準開発の直近の状況等について説明がなされた。FASBによる金融商品に関する包括的な会計基準の公表(2010年5月)、金融資産の減損やヘッジに関するIASBでの検討状況の概要、主要なプロジェクト項目に関する公開草案の公表(収益認識(2010年5月)、保険契約(同7月)、リース(同8月))などの説明がなされ、それらについて参加者の間で活発な議論が行われた。主な意見や議論は以下のとおりである。
シンガポールACRAより、XBRL(拡張可能な事業報告言語)と会計基準や財務諸表との関係についてシンガポールにおける経験を中心に説明が行われた。シンガポールでは、2007年11月から企業の財務報告の提出をXBRLを用いて行う仕組みを本格的に運用しており、ACRAでは、当局に報告される企業のあらゆる事業に関する情報を一元的に管理する仕組み(one stop information repository)について調査を行っている。会議では、XBRLタクソノミーと会計基準の関係に焦点が当てられ、特に、IFRS財団が開発しているIFRSタクソノミーに関する説明がなされた。また、会計基準の開発とXBRLタクソノミーの利用の度合いは関連しており、各国のタクソノミーの開発のため、NSSの役割は重要であるとされた。
米国SECのスタッフから、IFRSと米国会計基準のXBRLタクソノミーの関係について、米国SECにおける作業計画の一環として対処が必要となるとの説明があった。IFRSタクソノミーは約2,500のタグのみであるが、米国会計基準のタクソノミーは約18,000あり、利用者が求める比較可能性の水準を図りながら慎重に検討していく必要があるとされた。
議長からは、XBRLは、数年後には非常に重要な役割を果たす可能性があり、注意深く見ていくべき問題であるとされた。
マレーシアMASB(*4)から、IAS第41号「農業」における現行の会計処理の部分的な見直しの提案について説明が行われた。IAS第41号は、農業活動に関する会計処理や表示、開示を定める基準であり、収穫時点における農産物(agricultural produce)だけでなく、動植物などの生物資産(biological asset)についても公正価値による測定を求めている。MASBは、この生物資産を農産物として収穫されるか又はそれ自体で販売可能な生物資産である消費型生物資産(consumable bearer assets, 以下「CBA」)とそれ以外の果実生成型生物資産(bearer biological asset, 以下「BBA」)に分け、以下のような提案を行っていた。
参加者からはMASBによる作業を支持する意見が多く見られたが、以下のような意見もあった。
議長より、さまざまな生物資産を考慮し、関連するNSSが協力してこの問題に取り組んではどうかとの提案がなされ、カナダやニュージーランドなどいくつかのNSSの協力を受け、MASBが引き続きこの見直しを続けることについて参加者から多くの支持があった。
英国ASB、ドイツGASB及びEFRAGは、共同プロジェクトとしてIAS第12号「法人所得税」の見直しを進めている。今回のNSS会議では、プロジェクトの進捗と現状について報告が行われた。
IAS第12号は、米国におけるSFAS第109号「法人所得税の会計処理」(*5)を参考にIASBで開発され導入された基準であるが、複雑であり、適用しづらいといった懸念が寄せられている基準でもあり、それに従って提供される情報の有用性にも疑問があるとされている。ここでのプロジェクトの目的は、IAS第12号に代えて、概念的に適切で実務的にも機能する新たな基準を作るための提案を開発することとされている。ただし、今回の会議では、まだ検討段階であり、経過的な報告が行われるに留まった。
この報告の中では、法人所得税の財務報告について、以下のような検討を行っていることが説明された。
フロースルー・アプローチは、財務諸表で認識される税金は当期の利益に関して算定された税金のみであり、将来の利益に課税される税金は将来事象であり現在の負債ではないとする考え方である。これについては、将来支払の発生が合理的に確かな場合であっても貸借対照表で何も認識されないこととなり不合理であるとして進めないこととされた。
また、さまざまなアプローチとして以下の2つの考え方を検討中であることが説明された。
後者は、資産の再評価益など取引事象が税務上より会計上で先に認識されるもの(Book Earlier Tax Later(BETL)と加速度償却など取引事象が会計上より税務上で先に認識されるもの(Tax Earlier Book Later(TEBL)を分け、前者と後者で税務上のキャッシュ・フローの発生パターンが異なる点に着目し、繰延税金の資産性・負債性を説明しようとするアプローチである。
説明に続き、参加者から以下のような意見があった。
ASBJからは、ASB等により行われている分析は、負債サイドに主な焦点が当たっており、将来減算一時差異の多い我が国では資産サイドが問題となる。資産サイドも同じレベルで分析してはどうか、また、置き換えるほど優先度の高い問題があるのか疑問であるとの意見を述べた。
困難なプロジェクトであるが、議長からは引き続き作業を続け、その経過を報告するよう提案がなされていた。
米国FASBのスタッフより、概念フレームワーク・プロジェクトの目的と現状について、フェーズごとに以下のような説明がなされ、議長からは、当該プロジェクトは重要であり、引き続き進捗状況について留意する必要があるとの意見があった。
英国ASBから、NSSグループとして調査を引き受けることが決まった新たな概念フレームワーク・プロジェクト「会計単位(Unit of Account)」についての概要の説明がなされた。
前回4月のNSS会議において、IASBとFASBの概念フレームワーク・プロジェクトに対してNSSグループとして何らかの支援を行うことが提案された。それを受け、IASBとFASBからは、概念フレームワーク・プロジェクトにおける「測定」と「構成要素及び認識」のフェーズにまたがる論点として重要となりつつある「会計単位」の問題について調査が依頼されたものである。NSSグループとして当該論点に取り組み、1年を目途に報告書を作成し提出することを計画しているとの説明がなされた。
会計単位という用語は、会計基準上でよく出てくるものの、これまで概念的に十分に議論されてはこなかった。この問題は、例えば、金融商品の測定を個別商品又はポートフォリオで行うことにより差が出る場合があるが、どのような根拠を持ってそれらを決定すべきかどうかといったものである。その他にもこの会計単位のプロジェクト(結果として、認識、測定、表示に関連)に関係してくるであろう論点として次のようなものが例示されている。
このプロジェクトの目的は、これらの論点も踏まえ、「財務諸表を作成するために使用すべき集約(aggregation)のレベル(すなわち、会計単位)をどのように選択するかを決定する原則を開発すること」であるとの説明がなされた(なお、ここでの集約には分割(disaggregation)も含む)。
NSSグループから有志を募って行うこととされ、ASBJもこのプロジェクトへの参加を表明している。その他、英国、オーストラリア、カナダ、フランス、マレーシア、オランダが参加することを表明しているとの説明がなされた。
プロジェクトの進め方はボトムアップアプローチとトップダウンアプローチを検討しているとされ、実際の会議は開かず、メールや電話、ビデオ会議で進めるとの説明があった。
参加者からはASBJをはじめ、FASBやIASB、韓国など本プロジェクトを強く支持する意見が多かったが、以下のような意見もみられた。
上記に対して、収益や保険契約、リースなど、契約に基づく同一の取引相手に対するインフローとアウトフローを個別に考えるか、結びつけて考えるのか、それらをどのレベルで集約するかなどにより会計上の答えが変わってくるとの説明があり、また、この会計単位の問題の解決により、IASBとFASBの将来の基準設定はより効率的になるであろうとの説明もあった。
困難はあるものの、プロジェクトを進め、次回のNSS会議で経過を報告することとされた。
IPSASBと英国ASBのスタッフにより、IPSASBで行っている公的セクターの財務報告に関する概念フレームワークの開発状況の報告が行われた。現在、測定に関するコンサルテーション・ペーパー(以下「CP」という。)を作成しており、その作業の状況を中心に説明がなされた。
複数の測定基礎(取得原価、市場価値、再調達原価など)の一般的な特徴と分析について説明がなされ、IPSASBでは、あるべき測定属性として、入口価値(再調達原価)と出口価値(回収可能価額)を選択的に適用する剥奪価値(Deprival value)という考え方を用いたモデルを提案しているとの説明がなされた。
NSS参加者からは、以下のような意見があった。
なお、このCPは、2010年11月に行われるIPSASBの会議で取り上げ、公表を検討する予定であるとされた。
カナダAcSBは、IASBとFASBの概念フレームワーク・プロジェクト(前記6.参照)への貢献のため、財務報告における測定に関する概念フレームワークの開発のためのアプローチを検討している。
前回のNSS会議では、事業資産を前提に、測定の原則として、①当該資産を現金生成過程におけるインプット資産やアウトプット資産を基礎として認識し測定する、②その過程における付加価値は純額のアウトプット資産が生み出された時に認識する、③現金生成過程へのインプット資産は、基本的に取得が見込まれる市場の価格で測定するという3つの原則を提示していた。これに対して会議では、現金生成過程を過度に強調していることや、モデルが金融資産に拡張し得るものかどうかなどの意見が各参加者から行われ、引き続き検討を続けることとされていた。
今回の会議では、AcSBから、前回の意見やその後に受け取ったコメントを踏まえ、金融資産へのモデルの拡張など引き続き開発中であることが説明されたが、報告に留まり、新たなモデルの提案は次回のNSS会議で報告するとされた。
フランスの会計専門家であり過去にEFRAGの技術専門家グループ(TEG)のメンバーでもあったAndreas Bezold氏より、上記9のカナダAcSBによる測定のフレームワークに関する提案への代替的な見解が示された。
財務報告の目的を営利企業の現金生成活動と捉え、当該現金生成活動を測定概念の中心に据え、非現金資源のインプットとアウトプットとの関係に基づく論理を構築することが主張された。AcSBの提案では、市場価格とインプットの関係についての分析が必ずしも十分でないとし、ここでは、市場価格は、その変動がキャッシュ・フローの変動に繋がる場合にのみ会計上の報告の原因事象(causal event)となると説明された。公正価値の関連性(relevance)に懸念を示す内容となっており、市場価格の信頼性や、市場価格の変動と測定すべき経済資源との因果関係などについて問題提起が行われた。
財務報告における測定の目的は、この現金生成活動を中心に据え、事業活動の正味キャッシュ・フローの生成過程への非現金資源の貢献を決定することと説明がなされた。また、この非現金資源の貢献は、それらの現金生成過程における機能(インプット(使用)か又はアウトプット(保有又は売却)か)によるとされた。
この提案について、参加者から、IASBとFASBで測定に関して検討している方向性とある程度整合しているという意見もあったが、以下のような指摘もあった。
議長から、測定に関してはさまざまな見解があり得、この議論は引き続き長く行うことになるであろうとされた。
IFRSには、現在、共通支配下取引の会計処理に関する指針が整備されていない。これについて韓国やイタリアなどで問題が生じているとされ、IASBからの依頼を受け、共通支配下の会計処理に関する指針の整備のための調査を行っている。前回のNSS会議では韓国会計基準委員会(KASB)から、その時点までのKASBの取組みや調査の状況について説明が行われた。今回の会議では、イタリアOICとEFRAGから、共通支配下の企業結合に関する共同プロジェクトについての背景と進捗の説明がなされた。プロジェクトでは、譲受人(すなわち、事業を取得する報告企業)の帳簿上の当初測定に焦点を当てて検討しており、連結の観点と個別の観点の両方の検討を含んでいるとされ、主として以下の3つの分析の実施状況が報告された。
いずれの分析も中途の段階であるとされ、連結と個別の観点についても、両者で異なる会計処理方法を適用し得るとする意見もあるものの引き続き検討中であるとの説明がなされた。
参加者からは以下のような意見や議論がなされた。
OICとEFRAGから、2010年の終わりまでにこの論点を取り扱うディスカッション・ペーパーのドラフトを開発する予定であることが説明された。
2009年のNSS会議から継続して行われている案件である。英国ASB及びEFRAGが中心になって、会計基準の影響を体系的な分析するためのフレームワークの開発が進められており、2010年4月に行われた前回の会議では、影響分析に際しての「影響」の具体的な意味や、影響分析における原則に関する実行可能性を確保するための修正などが行われ、DPの公表のため作業を続けるとされていた。今回の会議では、そのDPのドラフトが提示された。DPでは、基準設定のデュープロセスに会計基準の影響をどのように統合し、組み込むことが可能かどうかを検討するための提案が記述されている。DPで取り上げている主な項目は以下のとおりである。
DP公表の目的は、会計基準の開発や導入に際して、その基準設定(主としてIASB)のデュープロセスに、当該会計基準の影響を検討する規則的なアプローチをどのように統合し、さらに組み込むことができるかどうかについて広く公の場で議論を喚起することにあるとされている。
参加者からは、DPのドラフトを概ね支持するとの意見がある一方で、以下のような意見もあった。
ASBJからは、当該影響分析の客観性を担保するためには、第三者機関を設定し、評価を受けることが有用となるのではとの意見を述べた。
このDPは英国ASBとEFRAGのTEGで議論しており、2010年末に公表が予定されているとされ、上記のような意見を踏まえて検討し、公表手続を進めることとされた。
前回4月のNSS会議に引き続き、フランスANCから現行のIFRS第2号「株式報酬」の改善に関する取組みの状況について説明が行われた。
IFRS第2号は、受け取った勤務を表現することを目的として付与日公正価値を用いて権利確定期間にわたる費用の認識を行うこととしているが、権利確定条件の会計処理(取消しや失効)などとの間で不整合があると言われている。ANCは、IASBからの依頼を受け、2009年から継続してこのIFRS第2号の見直しに取り組んでおり、現行基準の基礎となる原則を明確にし、上記のような処理の取扱いをより整合的なものとするため基準の改訂案を開発している。
前回4月の会議では、ANCから、株式報酬に関する測定アプローチとして、IFRS第2号で採用されている修正付与日法に代わる2つのアプローチが示されていた。
今回の会議では、ANCからその後のプロジェクトの進捗状況についての報告がなされ、IFRS第2号の基礎となる原則の明確化などのプロジェクトの目的の再確認が行われた。
ANCでは、いずれのアプローチが適切かについてコンセンサスには依然達していないとされ、また、概念フレームワークに基づく分析によっても決定的な根拠は見出せなかったとの説明がなされた。
時間的制約から多くの議論は行われなかったが、IASBのスタッフからは、ANCの現在までの作業は、IFRS第2号の多くの問題を強調しており、IFRS解釈指針委員会で議論するのによい論点であり、今後の委員会で作業結果を提示してはどうかとの提案がなされた。
議長からも、IFRS解釈指針委員会で取り上げることにより更なる進展が得られることを期待する旨が述べられ締めくくられた。
今回の会議で議論された多くの項目は、引き続き次回以降の会議でも取り上げられることになると考えられる。会議の最後に、Mackintosh議長から6年間この会議の議長を務めてきたが、2011年1月でASBの議長を退任するため、今後、新しい議長の選任を検討する予定であることが説明された。
次回の会議は、2011年3月に米国のニューヨークで開催される予定である。
以上